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■File:4 武士の魂! 学祭演劇を成功させよ!■ □side-G□

「何をしているのです!」
 雛子が急に芝居がけてそう言ったので、時鳴はぎょっとして雛子を見た。
「ためらうことなくやっておしまいなさい、お侍さま」
 依然として演技を続ける雛子に、時鳴は何を、と言いかけて、察した。
 ここで本物のナイフを持ち出す不良が雛子を人質に取ったと一般に知られては、会場はパニックになる。けが人も出るだろう。
 劇の続きに見せかけて、あくまで安全にこの北高の不良どもを処理しろと、彼女はそう言いたいのだ。
「おっと、そうされちゃ困るんだよ。てめぇが強いのは知ってるからなぁ。
 刀を落とせ! この『お嬢さん』が傷つくのを見たくなけりゃあなぁ」
「くっ……卑怯な!」
 どちらにしても段ボールの刀など使い物にならないのは知っていたが、今は大事な武器だ。あるのとないのとでは違う。時鳴は、刀状のものしか使えないのだ。
 時鳴が悔しそうにしているのを見て、相手は余裕の笑みを浮かべている。
「お前のその強さも俺らからすれば『卑怯』だぜぇ? 早く落とせ!」
 時鳴は逡巡した。この判断を間違えば、後々に多大な被害が出る。
 迷っている時鳴に、雛子は気丈に言い放った。
「何をしているのです。わたくしなどに構わず、さっさとこいつらをのしてしまいなさい」
「しかし……!」
「“あなた”の役目は何? この町の治安を守ることですわよ! さぁ!!」
 その言葉に、時鳴はぐっと作り物の刀を握りしめた。
 雛子の言うとおり、自分と雛子はトラシュー部。学校に被害を出さないためには、何とかして彼らを地に伏すのが先である。
 しかし……

 カランカラン。

 音を立てて、刀が落ちた。
「なっ…何をしているんですのっ!!」
 雛子が本気で怒号を上げる。しかし、時鳴は気づいてしまったのだ。雛子の、客席からは決して見えない左手が、恐怖でかすかに震えていることに。
 雛子を犠牲にするリスクを抱えてまで、この段ボールの刀に命を預けることはできない。
「へへっ、なかなか素直じゃねぇか。おい、お前」
「おうよ」
 仲間の一人が指の関節を鳴らしながら時鳴にゆっくり歩み寄ってくる。
「!」
「おっと、動くなよ? 『お嬢さん』が傷モノになるぜ?」
 すかさず釘を刺されて、時鳴は身構えた体を元に戻した。まだだ、まだ動けない。
「まずは、こないだやられた一発だ」
 近づいてきた男が勢いよく拳を振り上げて、時鳴の左頬を殴り飛ばした。しかし、時鳴は微動だにせず、じっと、相手を目線で殺そうとでもいうように鋭い目でにらみ上げる。
「と……お侍さま!」
 雛子の叫ぶ声。その声にふっと雛子を見ると、先ほどまであれだけ気丈にふるまっていたその顔が不安げに歪んでいた。
 あんな顔、初めて見る。
 時鳴は驚いて――さらに、その後ろにふっと舞いこんだ幸運に思わずにやりと笑った。
「? 何笑って――」
 どさっと、何かが音を立ててくずおれた。
「そこまでだ」
 舞台に新たに登場したのは、ワイシャツの上から着物と袴を着た奇妙な少年――幸だった。舞台袖では急いで着付けたのか、孝也がいささか疲れた面持ちでカーテンの陰に座っている。
 見れば、雛子を人質に取っていた男が床に倒れていた。後ろから奇襲をかけたらしい。
 晴れて自由の身になった雛子は、走って時鳴の背後に回りこんだ。
「悪ぃ、遅くなった」
「まったくだ」
 悪びれなく幸が笑って、時鳴もふっと笑みをこぼす。
「な、お前、どこから……!!」
「えーと…旅の途中で見かけた人相書きに描かれたお前らを追ってきたんだよ。おら、侍!」
 幸が手に持っていた何かを宙高くぶん投げた。その棒状のもの――鞘に収まった刀を見てとるや否や、時鳴は慌ててそれをキャッチする。
「! 『黎明の凪』っ!!」
「いい刀だろ? “貸してやる”」
 にやり、と幸が意地悪い笑みを浮かべた。
「……かたじけない!」
 時鳴も複雑な顔で笑い返して、鞘ごとその刀を構えた。
「この町の治安を乱し、挙句にお嬢様を危険な目にあわせた罰として、成敗致す!」
 ファイティングポーズをとる幸と刀を構える時鳴に挟まれて、男たちは明らかに怯んだ。
「く、くそっ…!」
「逃がさぬ!」
 時鳴は舞台から飛び降りて逃げようとした男の足を払うと、バランスを崩した隙にその首筋を打ち据えた。後ろから殴りかかってきた男の拳を半歩で避け、振り向きざまの一刀で地に伏せる。
 その間に、幸は男の拳を受け流して懐に潜り込み、鳩尾に膝をたたき込んで気絶させていた。
「済んだか?」
 刀を腰に佩いた時鳴が幸に尋ねる。幸はひらひらと手を振ってそれに応えると、ロープでつないだ男たちを無理やり舞台袖に引きずって行く。
「じゃ、俺賞金貰ってくるわ。上手くやれよ、侍」
 にやり。意地の悪い笑みを残して、幸はさっさと舞台から消えた。
「………」
「……お侍さま」
 背後から、雛子が時鳴を、正確に言えば時鳴の役を呼ぶ。
 時鳴は振り返ると、自然と頭に浮かんできたセリフを言った。
「『危険な目にあわせてしまって、本当にすまない。
 ……怖かったか?』」
「!」
 台本と寸分違わないそのセリフに雛子は一瞬目を見開いたが、すぐにふっと笑みをこぼした。
「『いいえ――」
 雛子は首を振ると、殴られて赤くなった時鳴の頬にそっと右手を添える。
「――信頼していますから』」
 はたして、“誰”に向けた言葉だったのか。
 雛子は今までに見せたことのないような、極上の笑みを浮かべてそう言った。

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