kazameigetsu_sub-signboard はじめに メンバー 文章 イラスト 手仕事 放送局 交流 リンク

■File:4 武士の魂! 学祭演劇を成功させよ!■ □side-H□

 それから数日後。
「いやー、あの時はどうなるかと思ったけど、無事に済んでよかった!
 これも皆さんトラシュー部のおかげです、ありがとうございました!」
 いつもと変わらないトラシュー部の部室。その客席代わりのパイプ椅子に腰かけて、奈津は上機嫌に礼を言った。
「劇、すごく良かったって評判ですよ。よかったですね!」
 明良の言葉に奈津はさらに機嫌を良くする。
「ほんとほんと。これも櫻井さんと羽柴先輩、そして藍原くんのおかげよ!」
「サチ先輩が出てきたときはびっくりした! 演技上手でしたよ〜」
 結衣が幸を褒めると、幸はにかっと屈託なく笑ってピースサインをした。
「サンキュ♪ でも今回の主役はトキとヒナだぜ!」
 幸が話を振ると、トキは照れたように押し黙ったまま刀を拭き、雛子は頬を赤く染めながらもむすっと頬杖をついた。
「全く、あなたに代役は頼んでいなくてよ……それもワイシャツの上から着物だなんて」
「しゃーねぇだろ、時間なかったんだから……助けに入っただけでもありがたいと思えよ」
「助けてなんて一言も言ってませんわよ」
「そーいう顔してたと思ったんだけどな?」
 幸の意地悪な笑い顔に、雛子が無言で投げた茶卓がクリーンヒットした。
「いってぇ!」
「あなたね、言っていいことと悪いことがありましてよ!?」
「今のはセーフだろ!」
「アウトですわよっ!」
 また始まった二人の論争をちらりと眺めて、時鳴はまたかと溜息をつく。元より悪かった雛子の機嫌が近頃とみに悪く、よく幸とケンカになるのだ。
「そういえば、北高の生徒さん達はどうなったんですか?」
 早速散らかり始めた床の物を拾いながら、明良が今までずっとパソコンに向かっていた孝也に尋ねた。
「ん? あぁ。証拠になる写真を撮ったからな、北高に送りつけたさ。ナイフを持ち出した上、天下の櫻井グループ総帥の娘を人質に取ったんだから、さすがに何らかの形で罰せられるだろう」
 写真なんていつの間に……明良は彼の用意周到さに改めて恐れを感じた。さすが、影の暗躍者である。
「金城にも同様の物を見せて、今回の件については黙らせた。問題にはならないだろう」
 金城はあの劇の後、トラシュー部に対して廃部だの何だのとわめきたてていたのだが、知らないうちに手を打っておいたらしい。その手腕に改めて感服する明良であった。
「まったく、お話になりませんわねっ!!」
 幸と雛子のケンカはまだ続いていた。
「それはこっちのセリフだ! このわがまま女…んがっ!?」
 雛子は乱暴に自身の手提げカバンで幸の顔面を殴り飛ばして、くるりと踵を返した。
「今日は気分がすぐれないのでお先に失礼しますわ、ごきげんよう!」
 ばたん! と荒々しく扉を閉めて、雛子は部室を出て行ってしまった。
「くっそ〜……なんなんだアイツ」
 打ち据えられた鼻筋をさすりながら、幸は恨めしそうに雛子が出て行った扉を睨んだ。その様子を見ていた奈津がクスクスと笑う。
「櫻井さんったらスナオじゃないから。きっと恥ずかしいのよ」
 そう言うもんかねぇ、とぼやく幸に、奈津がうなづく。
 ――素直じゃない、か。
 幸と奈津の会話と聞きながら、時鳴はふと演劇の時を思い出した。
 クライマックスの時の、あの雛子の笑顔――あれも、演技だったのだろうか。
 まったく、女とは難解な生き物だ。
「あー、めんどくせ。今日はすることないしこれで部活終わりだ、終わり!」
 幸がおもむろにそう言って、かばんにさっさと物を詰め込んで立ち上がる。
「お疲れ様です」
「俺はもう少しすることがあるから残るな」
「おう、オッケ。トキ、ラーメン食って帰ろうぜ」
「うむ」
 時鳴は頷くと、立ち上がって刀を腰のベルトにさした。
 それにしても経験して分かったが、やはり、自分はどうにも舞台には向いていない。
「トキ、早く。腹減ったんだ」
「すまぬ」
 謝って、時鳴は鞄を手に取ると先を行く幸の後を追う。
 なんにせよ――しばらくは、出来れば一生、舞台には立ちたくはない。
 そんなことを思う時鳴であった。

<side-G 戻る

Copyrights © 2004-2019 Kazameigetsu. All Right Reserved.
E-mail:ventose_aru@hotmail.co.jp
inserted by FC2 system