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■File:5 夏の海! 旅行中のトラブルを解消せよ!■ □side-A□

「海だーーーっ!!」

 車が止まるや否や、はしゃぎながら真っ先に車から飛びだしたのは藍原幸だった。目の前には雲ひとつ見当たらないほど真っ青な空と、深く、青く、輝く海が広がっていた。
「うわー…すげぇ、広い……!」
 きらきらと星のように目を輝かせながら今にも走りだしそうな幸の首根っこを、後ろから櫻井雛子がぐいと掴んだ。
「勝手に行動なさらないで。皆さんが降りるのぐらい待てるでしょう?」
 雛子がそう言っても、幸はひたすら海を見つめ続けていた。
「わーすごい! 海だねアキちゃん!」
「ほんとだ…なんか不思議なにおいがしますね」
 ぞろぞろと他のメンバーも車から降りてきた。幸の隣に並んで楽しそうに海を眺めているのは、夢野結衣と高崎明良だ。二人の後ろには、車での移動にすっかり疲れ果てた羽柴時鳴と、降りた運転手と会話をしている潮見孝也が見える。
 季節は夏。明鐘高校トラシュー部の面々は、夏休みを利用して部活で旅行に来ていた。
 きっかけはトラシュー部一のお嬢様、櫻井雛子の誘いである。
 雛子の父は多角経営会社櫻井グループの総帥だ。今日は先日の学校祭時の礼に、雛子が櫻井家の所有するプライベートビーチにトラシュー部の面々を招待したのだ。
 もちろんただで遊べるのを断るわけもなく、部長である幸が二つ返事で決定したのだった。
「では、別荘に案内しますわ。くれぐれもはぐれませんよう」
 そう言ってさっさと自分の荷物を手に歩いて行ってしまう雛子の後ろを、ぞろぞろと一行はついて行った。海を見たまま動かない幸は、孝也が首根っこを掴んでずるずると引きずっていった。
 しばらく歩いて坂になった道を下ると、大きめの二階建ての建物が見えてきた。それは金持ちの別荘にしてはこじんまりとしていたが、普通の一軒家に比べれば遥かに大きく、華美ではないが丁寧な作りだった。
 雛子はその家の玄関まで行くと、呼び鈴を押した。
「はい、ただいま」
 中からそう声が聞こえ、扉が開かれた。
 そこに立っていたのは一人の女性だった。年は三十代に見える。綺麗に纏めてバレッタで留められた黒髪に、清潔そうなモノクロのエプロンドレスを着ていた。彼女は雛子の顔を見ると、嬉しそうな笑顔を見せた。
「これは、雛子お嬢様! お待ち申し上げておりました」
「久しいですわね、菊子さん」
 雛子も微笑みを浮かべて、菊子と呼ばれた女性と握手を交わした。菊子は後ろの幸たちに気付くと、穏やかに笑いかけた。
「そちらが雛子お嬢様のご学友様ですか? 初めまして、こちらの別荘の管理を任されております、使用人の安藤菊子です。どうぞよろしくお願いいたします」
 丁寧に頭を下げた菊子に、孝也や結衣、明良は慌てて頭を下げた。時鳴は寡黙に目礼し、幸は緊張のそぶりすら見せずに軽く手を上げてよろしく、と応えている。
 菊子は扉を大きくあけると、すっと手で奥を示した。
「リビングにお茶をご用意しています。先に、大きなお荷物を部屋に置いてきましょう。ご案内いたします」

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