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■File:5 夏の海! 旅行中のトラブルを解消せよ!■ □side-E□

「…きちゃん、アキちゃん……」
 誰だろう。自分を呼ぶ声がする。
「アキちゃん、ごめんね、ごめんね……」
 耳に心地よい高さの声。あどけないが、聴きなれた声。
 ぼたぼたと涙を落としながら、自分を呼び、ごめんねと繰り返す。
 あぁ、そうだ、この声は――

 ふっと目を開くと、月に照らされた岩肌が見えた。
「ここは……」
「おう、気がついたか」
 傍らから聞こえた明るい声に、明良はびっくりしてずぶ濡れの体を起こした。
「さ、サチ先輩!?」
 思わず名前を呼んでから、明良は辺りを見回した。月明かりが照らす、そりたった崖の真下のようだ。どうやら潮が引いて、岩肌が露出したようだ。その証拠に、岩肌全体が海水に濡れたままだった。夏とはいえ夜は少し寒く、海水に濡れた体がぶるりと震えた。
「どこも痛いとこないか? なんせ下は水とはいえ、無防備に落ちたからなぁ」
 同じくずぶ濡れの幸はさらりとそう言った。だんだん記憶がよみがえってきて、明良は頭を片手で押さえた。
「そうだ、自分、崖から突き落とされて……って」
 そこで明良は気づいた。突き落とされたのは、確か自分のはずだ。
「何でサチ先輩が!?」
 驚く明良に、幸はへらりと笑った。
「いやー、お前、泳げないって言ってたじゃん? ヒナの方は、殺気に敏感なトキがいるから大丈夫だろうし……だから、つい、な」
 言い訳のように理由を説明する幸を明良は黙って見ていた。ふと、視線が幸の足元に移る。
「……先輩、足……」
「ん? あー、これな」
 月明かりのみでよく見えないが、幸の左足首はひどくはれ上がっていた。
「ちょっと捻ったみたいだな。まぁ、あんまり心配す……」
 幸の言葉を遮って、パン! とこ気味いい音が鳴り響いた。
 一瞬何が起きたか分からず、幸は呆然と宙を見た。じわじわと、左頬が痛み出す。
「……んで」
 幸の頬を掌で打った明良が、うつむきながらかすれた声で呟いた。
「アキ……?」
「なんで、どうして……」
 ぐっと拳を握り締めて、明良は一人声を荒げた。
「どうして助けたんですか、なんで先輩が怪我するんですか…っ! こんなんじゃ、こんなんじゃいくら男の格好してたって……!」
 その目から涙が落ちるのを見て、幸は思わず目を見開いた。すすり泣く明良に、幸は尋ねた。
「なぁ、アキ……なんで、そんなにその格好にこだわるんだ?」
 明良はしばらく何も言わなかったが、ぽつり、ぽつりと静かに語り始めた。

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