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■File:5 夏の海! 旅行中のトラブルを解消せよ!■ □side-H□

「くっそー、終わんねぇぇぇぇぇぇぇ」
 夏休みも残り一日という日の午後、トラシュー部の部室で、幸はシャープペンを片手に頭を抱えていた。
 基本的にこの部活は毎日行われ、集会以外は自由参加だ。今は幸のほかに、孝也と時鳴が部室に来ていた。
 宿題のプリントを前にうだうだしている幸の隣でパソコンのキーボードを叩いていた孝也が、呆れたようにため息をついた。
「先に終わらせておかないからだ、阿呆。ぼやいてる暇があったらそんな簡単な数式さっさと解け」
「お前にとっては簡単でも、俺にとっては宇宙人の言葉より理解不能だっつーの!」
「その宇宙人の言葉というのがまず理解不能だ」
「へーへー、優等生さんにはちょっとムズカシイ言葉でございましたかー」
 二人のやり取りを聞きながら、時鳴は麦茶を啜った。今口を出したら確実に巻き込まれる。それだけはごめんだった。
「そうだよタカ! 簡単なことじゃないか!」
 嬉々として顔を輝かせた幸に、孝也はふうと息を吐いた。
「ようやく理解したか。お前の小さな頭でもそれぐらいは……」
「宿題見せてくれ!」
「理解していなかったようだな、馬鹿サチ」
 幸がずいと伸ばした手を叩きはらって、孝也はメガネを押し上げた。
「大体、俺の解答を写してみろ、先公どもに丸わかりだぞ。俺の解答は完璧だからな」
「な、なんだかすげぇムカつく……!」
 ふんと鼻で笑ってパソコン画面に向き直ってしまった孝也を幸はしばらく睨みつけていたが、盛大にため息をついてシャープペンを放りだした。
「あー、くっそー、ヒナも来ねぇしなー、写せねぇなー」
「馬鹿だな、ヒナでも同じことだ。あいつの解答がお前と同レベルなわけはない」
 キーボードを打ちながら孝也が冷静に返した。孝也と雛子は、学年トップスリーに入る成績の持ち主だ。晩年ブービー賞を競っている幸とは確かに雲泥の差だった。
 そんな雛子は、自分の命が狙われることのあったばかりだ。夏休みの残りは自宅にいることを親に言いつけられたらしい。雛子には縛りが多いと、時鳴は常々思うのだった。
「こんにちは」
「お久しぶりです、先輩ー」
 ドアを開けて、一年生二人が中に入ってきた。幸がおー、と歓声を上げた。
「ほんとに久しぶりだな、二人とも! 旅行以来だろ?」
「えへへ、今日まで二人で宿題片付けてたんです、すみません」
 照れたように笑う結衣の言葉に、幸は居心地の悪さに顔をひきつらせた。無言の孝也の目線が痛い。
「そ、そっか。終わって何よりだ……ははは」
 小首をかしげた結衣に何でもないと手を振って、幸は結衣の後ろにいる明良を見た。相変わらず、男性用の制服に身を包んでいる。
「お前は結局、そのままなんだなぁ」
「? あ、はい。服もないですし、慣れちゃってこの方が落ち着くので」
 そう言って明良は穏やかに笑った。幸が結衣についと目線をやると、結衣はにっこりと笑った。
「私も、アキちゃんはそのままでいいと思うよ。だって可愛いことに変わりはないもん♪」
「ユ、ユイ……」
 困惑する明良に構わずに、結衣はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら、幸を横目で見た。
「あれでしょ、実はサチ先輩がアキちゃんのスカート姿見たいんでしょー」
「なっ! いや、そりゃ面白そうだから見たいけどよ…なんだよその笑い!」
「ふふふ、先輩ったら素直じゃないんだから! あーあアキちゃん取られちゃうのかなー……あ、トキ先輩、お茶おかわり入れますよ♪」
 何やら上機嫌にまくしたて、奥の冷蔵庫に向かった結衣を、幸は憮然とした顔で見ていたが、楽しそうに笑っている明良に、まぁいいかと息をついた。 

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