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■File:6 結衣の退部!? 呪いに脅える男子生徒を守護せよ!■ □side-A□

 長期休みの終わりと共に夏はあっという間に過ぎた。幾分か涼しくなったとはいえ残暑はしぶとく、九月になって衣替えを迎えた明鐘高校の生徒たちは、近づく秋の気配を感じつつもブレザーの上着をうっとおしく思うのだった。
 そんなある日の放課後。少し色が薄まった秋晴れの空とは対照的に、トラシュー部の部室内の空気は曇天のごとく重かった。一年生が入って来てからは整理・整頓されていた部屋が、今はすっかり昨年の雑然具合に戻っている。部長である藍原幸はブレザーの上着を椅子の背もたれにかけ、ぱたぱたと気休めに手で自らを煽いでいた。羽柴時鳴は磨き上げた刀を満足げに眺め、桜井雛子は色素の薄い、ふわりとウェーブのかかった長髪の毛先をなんとはなしに眺めていた。それだけならば、依頼がない時のいつものトラシュー部だった。
「………はぁ」
 部室の片隅から聞こえてきたため息に、三人の視線は一気にその主へと注がれた。
 今年入ってきたばかりの一年生、高崎明良は、校則通りにしっかりとブレザーの上着を羽織ってボタンを留めていた。普段は穏やかな色をたたえている瞳はうつろで、まるでどこか遠くでも見ているように虚空に向けられていた。
 三人はそんな明良を見て無言で顔を見合わせた。幸がためらいがちに明良に声をかける。
「おい、アキ……こぼれてる」
「…え? うわっ!?」
 明良は幸の指摘に上の空のまま答えたが、自らの手元に気が付くとかたむけていた急須を慌てて水平に戻した。湯呑からあふれたお茶は、机を濡らし床にぼたぼたと音を立ててこぼれおちた。
「す、すいません! すぐに拭き……」
 明良があわてて身を翻した時、体が湯呑の載った机にぶつかった。並々に注がれた湯呑は一番近くにいた雛子に向けて勢いよく倒れ、こぼれ出したお茶が雛子のワイシャツを盛大に濡らした。
「きゃぁぁぁぁ!! 何するんですのアキっ!!!!」
「ごごごごめんなさい! い、今拭くものを……」
 ガッチャン! と音を立てて、机の上をころころ転がっていた湯呑が床に落ちて割れた。
 明良はいびつに割れた湯呑を、すっかり血の気が失せた顔で茫然と見つめた。
「あーあー、おいおい、大丈夫か?」
 幸が椅子を引いて立ち上がり、明良の方へと歩いてきた。
「ご、ごめんなさい……」
「こっちは俺とトキで片づけておくから、アキは雑巾取って来てくれよ」
「あ、はい、すぐに!」
 バタバタと部室を出て行った明良を見送ってから、幸は床にしゃがみ込んで割れた破片を慎重に拾い始めた。時鳴も刀を置いてそれに倣う。
 濡れたワイシャツを指でつまみながら、雛子がため息をついた。
「あぁ、すっかりシミになってますわ……オーダーメイドですのに、このワイシャツ」
「何だよ、ワイシャツの一枚や二枚ぐらいお前だったらいつでも買えんだろ。ケチケチすんなよ」
「なっ、ケチケチだなんてしてませんわよ!!」
 猛然と否定する雛子をしり目に、幸と時鳴は慎重に破片をコンビニ袋の中に入れていった。
「それにしても……」
 と、破片の入ったコンビニ袋を片手に立ち上がった幸は、ちらりと明良が出て行った扉の方を見やった。
「最近、なんかおかしいよな、アキ」
 同じように立ち上がった時鳴が神妙にうなづく。
「やはり、先日のことを気にしているのだろうか…」
 時鳴の言葉に、幸と雛子はつい三日前に聞いた話を思い出していた。

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