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■File:6 結衣の退部!? 呪いに脅える男子生徒を守護せよ!■ □side-I□

 トラシュー部の面々が足早に校舎に向かい始めた頃、明良は藤岡と校舎の階段を下りていた。
「すいません、俺が早く帰りたいって言ったのに、結局待たせてしまって……」
「いえ、大丈夫ですよ」
 申し訳なさそうな藤岡に、明良は笑ってそう言った。帰り際、クラスの女友達に呼び止められた藤岡は、何やら真剣な顔で話をし始めたのだ。会話の内容は聞こえなかったが、それは藤岡にとって重要な内容だったのだろうと思った。
 依頼を受けてからの二日間、明良は藤岡と帰路を共にしていたが、特にこれといったことは起こらなかった。今日も無事に終わればいいと願いながら、明良は中庭を横切る渡り廊下への扉を開けた。
 ぞくり、と、渡り廊下を歩く二人の背筋に寒気が走った。嫌な気配のする中庭の方に、二人は一斉に視線を向けた。
 そこには、二人を鬼気迫る表情で睨みつけるショートカットの女生徒がいた。五日前、結衣に声をかけてきた子だと思い立った明良は、その手が見覚えのある形を取っていることに気が付いた。
「あ、彩っ!!」
 青ざめた顔で藤岡が女生徒の名を呼んだ。その名前に、明良は驚いて藤岡を見た。
 その時、小夜子と春美と共に結衣が現れた。結衣は渡り廊下の明良と藤岡には気付かずに、渡り廊下を凝視する彩に声をかけた。
「お待たせ、彩ちゃん……っ!?」
 結衣は微動だにしない彩の視線をたどって、叫んだ。
「アキちゃん、危ないっ!!!!」
 切羽詰まった結衣の叫び声と背後から聞こえた不吉な音に、明良は反射的に後ろを振り返った。改修中の校舎の方向から、一台の無人トラックがものすごい勢いで明良と藤岡に突っ込もうとしていた。
 明良は咄嗟に藤岡に体当たりして突き飛ばした。その勢いで自分も避けられればと思ったが、トラックの速度は予想以上に早く、間に合わない。
「アキっ!!」
 宙に浮いた明良の手を、誰かが掴んで力強く引き寄せた。トラックの横を一陣の風が吹き抜けた瞬間に、前輪が歪な形になってぐしゃりとつぶれた。トラックは耳障りな音を立てて地面を削りながら曲がり、渡り廊下の入口付近にぶつかって止まった。
「ふぅ……大丈夫か?」
 数秒の静寂の後、明良を受け止めた幸が、茫然とする明良に声をかけた。放り出された藤岡は孝也が何とか受け止め、時鳴はトラックのタイヤを斬った刀をカチリと鞘に戻した。
「あ……アキちゃんっ!!」
 ショックから立ち直った結衣が、幸の腕に支えられている明良に走り寄って、ひっしと抱きしめた。
「…ユイ」
「アキちゃん、アキちゃん……よかったよぉ」
 涙声ですがりつく結衣の体は小刻みに震えていた。その様子に、分かっていたはずなのにと、明良は今までの自分の態度を後悔した。
 結衣はもう一度ギュッと明良を抱きしめてから、振り返って彩の方を見た。彩は色を失くして、がたがたとその身を震わせていた。
「……彩ちゃん」
「わ、私、まさかこんな……」
 不運を呼ぶまじないが、まさかこんなに強力に作用するとは思っていなかったのだろう。茫然自失の彩の目の前に、孝也の元を離れて、藤岡がずんずんと歩み寄った。
「……何してるんだよ、彩」
 怒りを押し殺した藤岡の声に、彩はうつむいたまま黙っている。
「俺、なんかしてお前を怒らせたのかもしんないけどさ、これは洒落になんねぇよ!」
 藤岡の怒鳴り声に彩はびくりと肩を震わせ、唇をかみしめていたが、急に顔を上げると、濡れた瞳で藤岡を睨みつけた。
「あなたが悪いんじゃない! あなたがっ!」
「俺が何したって言うんだよ!」
「もう少しで付き合って一年になるのに、あなたが浮気なんてするからっ!!」
 彩の叫ぶようなその発言に、藤岡は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。他の面々も唖然と二人を見つめている。
「…は? ま、まさか、その子が…」
「清野彩。藤岡智弘が喧嘩したという彼女だな」
 驚きに声をひきつらせた幸の隣で、一人だけ冷静な孝也があっさりと解説した。
「まさか、彩が呪いに急に興味を持ったのって」
「そんな…」
 小夜子と春美も事情は知らなかったらしく、お互い身を寄せてそう呟いた。
「浮気って…覚えがないぞ!」
 慌てて否定した藤岡を、彩が涙を流しながら睨みつける。
「聞いたのよ、生徒会の先輩から! 街中で別の子と歩いてたんでしょ!? その子だって!!」
 と、彩は鋭く明良を指差した。驚く藤岡と明良をよそに、彩は感情のままにまくしたてる。
「一体何人と浮気すれば気が済むのよ!? 別れたいなら別れたいって言えばいいじゃない!」
「っていうか高崎くんと浮気って、お前それは飛躍しすぎだろ!?」
「高崎さんでしょ! 女の子だって聞いたんだから!!」
「はぁっ!? 嘘だろ知らねぇよそんなの!」
「この期に及んでとぼけるなんて……っ!」
 憎しみに満ちた瞳で睨みつける彩をさえぎったのは、場違いな孝也のせき払いだった。
「まぁ、落ち着け。とりあえず結論から言おう。藤岡智弘が浮気をしたと言う話は、デマだ」
 孝也の言葉に彩は一瞬呆気にとられたが、すぐに全力で否定した。
「そ、そんな嘘よ! だって生徒会の先輩が…」
「その生徒会の先輩が誰だかも分かっているが…残念ながら真実だ。彼の友人やその浮気相手だという本人からも証言を得ている。彼は、君にあげるプレゼントの相談をしていただけだ」
 彩は驚いて藤岡を見た。藤岡は知られたくなかったのだろう、バツが悪い顔で彩から視線をそらした。
「……あのね、彩ちゃん」
 茫然と藤岡を見つめる彩に、結衣が穏やかに呼びかけた。
「わたし、言ったよね? 力は使い方次第だって」
 大切な人を守ることも出来れば、その分平気で人を傷つけることだって出来てしまう。
「今回はトラシュー部のみんなのおかげで、彼氏さんも、彩ちゃんも救われたけど……もう間違えちゃ、ダメだよ」
「私……」
 結衣の言葉に、彩は後悔に瞳を揺らしながらうつむいた。
「正直、わたしもアキちゃんが傷ついてたらそんな偉そうなこと言えなかったと思うけど…よかった、アキちゃんが無事で。本当によかった」
 結衣はそう言いながら、明良の袖をぎゅっと掴んだ。そしてふっと柔らかな微笑みを浮かべて、明良や、トラシュー部の先輩を順々に見た。
「……わたし、やっぱりトラシュー部大好き。アキちゃんも、先輩も、みんな」
 結衣の言葉に、トラシュー部の面々も表情を和らげた。小夜子と春美が、中庭から結衣におずおずと尋ねる。
「じゃあ、ユイさま…」
「黒魔術同好会は…」
 結衣は迷いのない顔で二人に向き直った。
「ごめんね。わたし、やっぱりトラシュー部がいい。だから、同好会の話はお断りさせてください」
 ぺこりと頭を下げた結衣に、二人は残念そうにうつむいたが、すぐに顔を上げて笑った。
「わかりました」
「五日間、ありがとうございました、ユイさま」
 二人が口々にそう述べると、結衣はにっこりと笑顔を浮かべた。そして、先程からずっとうつむいている彩に向かって言った。
「ほら、彩ちゃん。ちゃんとやらなきゃいけないことがあるよね?」
 顔を上げた彩はまごつきながらも、結衣に向かってうなづいた。そしてちらりと藤岡を見やる。後はもう二人の問題だ。
「アキちゃん、行こっ!」
 結衣は明良の袖を引っ張って促すと、部室に向けて歩きだした。
 どう言葉をきりだしてよいか分からず、しばらく二人は無言だった。
 自分も謝らなければいけないと思い、明良が口を開きかけた時、結衣が上目づかいで明良を見た。
「あのね、やなわけじゃないんだよ?」
 明良に先んじて、結衣がそう言った。自分の浅はかな気持ちなど、結衣にはばればれだったらしい。
「……分かってます。ごめんなさい、ユイ」
「ううん、わたしこそ。ごめんね、アキちゃん」
 二人は笑顔を交わして、ようやく仲直りをした。二人の間に温かな空気が流れる。
「…あれ、そう言えば先輩たちは?」
 ふと明良が気が付いて、きょろきょろとあたりを見回した。先輩四人の影は何処にも見当たらない。
「先に部室に戻ったのかなぁ?」
「うーん…とりあえず行ってみましょうか」
 すっかり元に戻った二人は仲良く部室棟の方へ歩いて行った。

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