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■File:EX 大嫌いな雨の日に■ □side-C□

 そうして歩いているうちに、二人は住宅街の細い路地に入っていた。歩く二人分の幅を除けば、路地は車一台が通れるぐらいのスペースしかなかった。
「もう五分は歩いてますわね……まだ着きませんの?」
「この路地を抜けると、少し広い道路に出る。その道路沿いに歩けばすぐだ……歩かせてすまない」
「別に謝ってほしいわけではありませんわよ」
 謝る時鳴にやんわりとそう言って、雛子は顔を曇らせた。この細い路地には雛子の乗る車は入って来られないため、先に時鳴の家の方に向かっている。自分の自由な時間が終わってしまうと思うと、歩くのをやめてしまいたいほどに名残惜しい気持ちになった。
「ヒナ殿?」
 時鳴が黙り込んでしまった雛子の顔を覗きこもうとした時だ。不意に、背後をとらえた時鳴の視線が鋭くなった。
「ヒナ殿っ!」
「っ!?」
 時鳴が雛子を塀の方に雛子を押しやって、かばうように覆いかぶさった。雛子の心臓が跳ね上がる。
 その一瞬後、二人の横を猛スピードで車が通り過ぎて行った。タイヤで跳ね上がった水が、二人に容赦なく降りかかった。
 雛子が知らずうちに閉じていた目を開けると、すっかりずぶ濡れになった時鳴と目が合った。ぽたり、と時鳴の前髪から雫が落ちる。
「……結局、濡れてしまったな」
 ぽつりと時鳴が呟いた。時鳴が道路側にいてくれたお陰で、雛子は上着が少しと、足元が濡れる程度で済んでいた。
「……っ! な、なんですの、あの車っ! 非常識にもほどがありますわっ!」
 ショックから立ち直り、かっとなった雛子は周りも構わず怒鳴った。時鳴が雛子に傘を差しかけながら、こくりとうなづく。
「危うかったな…すまなかったヒナ殿、怪我はないか?」
 ずぶ濡れで雨に打たれながらそう尋ねた時鳴に、雛子は黙って荒れる感情を抑えつけた。時折助けてもらう礼にと思ったのに、結局また助けられてしまった事が悔しい。
 雛子は落ち着くために、ゆっくりと一つ息をついてからうなづいた。
「…えぇ、大丈夫ですわ。あなたこそそんなに濡れてしまって…」
「問題ない。もう傘は要らぬだろうが」
 苦笑して、時鳴が雛子に傘を返そうと差しだした。雛子はそれを、手でやんわりと押し返した。
「いいえ、あなたが持っていてくださる? あと少しですもの、これ以上濡れることありませんわ」
 そう言って、そっと時鳴に寄り添った。布越しに腕が触れ合い、すっかり水を吸ってしまった時鳴の制服から、雛子の制服に水が滲む。時鳴は何か言おうと口を開いたが、結局何も言わずに無言で傘を持ち直した。
「…あぁ、安心なさって」
 気まずそうに固い顔をしている時鳴にそう言うと、時鳴が何を、と問うように雛子を見た。雛子はにっこり笑って、
「制服のクリーニング代ぐらいなら持ってあげてよ」
 と、茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。時鳴はきょとんとしたが、一瞬後にふっと表情を和らげ、首をゆっくり左右に振った。

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