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■雪柳はただ風に舞う■ □第十話〜まだ、言えてないこと□

 すっかり雪が溶けて緑が顔を出した野原に、風夏は一人で立っていた。彼女の首に巻かれた赤いマフラーは風になびき、小さな花をあしらった髪止めは日の光にきらりと輝く。彼女の前には、彼が眠る背の低い木が、その細い枝一面に真っ白な小粒の花を咲かせていた。
 あの後、催眠が解けた剛たちに話を聞いた母が、山の入口まで迎えに来ていた。母は泣きながら風夏の無事を喜んで、風夏は母に言いたかった「ただいま」を言えた。
 秋祐も風夏を山のふもとまで送った後、剛たちの催眠を解いたことで力をほとんど使い果たしたので、彼と同じように眠りにつくと言ってどこかへ去って行った。彼にも、言いそびれていた「ありがとう」を言えた。
「……あなたにだけだよ。まだ、言えてないことがあるの」
 ぽつりと、風夏は木に向かってつぶやいた。その言葉に応えるかのように、細い枝が風に揺れる。
 風夏は淡く微笑んで、ゆっくりと踵を返した。
 明日には自分も都会の方へ戻ってしまう。でも、この里が白く染まるころには、またこの地に帰ってくるのだろう。
 その時には……もう一度、彼の、暖かい笑顔が見たい。
「またね……雪晴くん」
 最後に一言だけ笑顔でそう呟いて、風夏は前を向いて歩いて行く。
 彼女が去った後の野原には、雪柳の白い小さな花弁が、ただ春の風にひらひらと舞っていた。

――Fin.

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