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■雪柳はただ風に舞う■ □第三話〜箱の中の昔話□

「わたしのお父さんね、死んじゃったんだ」

 雪が解けたいつもの野原。乾いた草の上に並んで座って、泣き止んだ風夏はぽつりとそう呟いた。まるで独り言のように呟かれる言葉に、雪晴は今まであらぬ方向に向けていた目線を風夏に向ける。
 風夏は、開けてしまった箱から溢れ出す記憶をなぞるように、ぽつりぽつりと話し始めた。
「わたしのお父さん。死んじゃったの、わたしが五歳の時に」
 風夏の瞳の奥に、遠い日の情景がよみがえる。
 あの日も、丁度雪晴と出会った日のような、季節はずれの雪が降る日だった。
「何でかな、理由は忘れちゃったんだけど、わたし、あの時山に入って迷っちゃったんだ」
 絶対に立ち入ってはいけないと言われていたのに、言いつけを破って。
「それでお父さんが探しに来て、小さく崖になってるところに落ちちゃったわたしを助けようとして……」
 バランスを崩して、落ちて、怪我をした。
「頭からすごく血が出てて……わたしは泣くばかりで何も出来なかった……!
 わたしなんだ、お父さんを殺したのは、お父さんが死んじゃったのは、わたしのせいでっ…!!」
「風夏」
「わたしのせいなの! お父さんが死んじゃったのも、お母さんが夜中に泣くのも、この村を出なきゃいけなくなったのも! 全部わたしのっ…!!」
「風夏っ!!」
 今まで聞いた事がないほど強い声で呼ばれて、いつの間にか泣き叫んでいた風夏はびくりと肩をすくませた。ゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐに自分を見つめる雪晴と目が合う。
「……もう、いいんだ」
 そっと風夏を抱き寄せて、雪晴は優しく囁いた。
「もうこれ以上、風夏が苦しむ必要はないんだ。忘れろとは言わないし、過去に起こったことがなくなるわけではないけれど……一人で全部を背負い込まないで」
「でも、でもわたし……」
 風夏の頬を、静かに涙が滑り落ちる。
「わたし…恐いの……お父さんが死んじゃって、お母さんが泣いて……わたし、本当に、皆に…お母さんに、辛い思いをさせるだけなのかもしれないよ……」
「じゃあ、聞いてみたら?」
 ゆっくりと体を離して、雪晴は淡く微笑んだ。
「お母さんに。辛いことばっかりだったかどうか、聞いてみればいい」
「そんなこと……恐いよ」
「大丈夫」
 だって、と雪晴は風夏の瞳を見つめた。
「お母さんでしょ? 少し、信じてみてもいいんじゃない?」
 母。いつも食事を作ってくれて、父が死んでからは女手一つで風夏を育て上げてくれて。
 風夏が楽しいことを話せば一緒に笑ってくれて、風夏が泣きそうな時にはそっと肩を抱いてくれて。
 出かけるときには心配して、見送ってくれて、帰ったら笑顔でおかえりなさいを言ってくれる人。
 母の温かい笑顔を思い出したら、空っぽだった胸が温かくなって、また涙が滑り落ちた。
「……うんっ」
 勢い良くうなずいた風夏の頭を撫でて、雪晴はそっと風夏の涙を拭った。
「過去はもう終わったんだ。泣かないで、風夏」
 雪晴の温かい笑みに、風夏は濡れた目を擦って、素直な笑顔でうなづく。
 風夏の笑顔に雪晴は安心したようにうなづくと、横にちらりと視線を馳せて、思い出したように声を上げた。
「そういえば、これ……」
 横に置いてあった淡いブルーの包みを手に取って、雪晴が風夏に見せる。風夏は直ぐに思い出して、はっと口元に手を当てた。
「あ、それ……」
「さっきのとこに落ちてたんだ。風夏の?」
「う、うん……」
 うなづいて包みを受け取ると、風夏は中を覗き込んだ。転んだ時の衝撃で、包みの中は土が入ったりクッキー割れたりしてぐちゃぐちゃになっていた。
「あぅ、折角焼いてきたのに……」
「それ何? クッキー?」
 中身を覗き込んだ雪晴に、風夏は申し訳なさでしゅんとする。
「うん、一緒に食べようと思って焼いてきたんだけど…なんか、土とかちょっと入ちゃったし、食べられないね」
 仕方ないよと笑う風夏。雪晴はそんな風夏を見ると、おもむろに包みをじっと見やって、いきなり包みの中に手を突っ込んだ。
「えっ、雪晴くん!?」
 驚く風夏を尻目に、雪晴は包みの中から欠けたクッキーを取り出すと、そのまま口の中に放り込んでしまう。
「ゆ、雪晴くん!」
「ん……大丈夫。美味しいよ」
 カスがついた指をぺろりと舐めて、雪晴は笑った。風夏は呆然と雪晴を見つめていたが、勿体ないだのあいつら今度会ったらしばくだの、何やらぶつぶつ言っている雪晴にふっと笑みがこぼれる。
「……ありがと、雪晴くん」
「何が? それより、これ美味しかったからまた焼いてきてくれたら嬉しいな。今度はちゃんと食べたい」
 もしかしたら、少し照れているのだろうか。わざとらしく目線をそらす雪晴に、風夏はくすりと笑い声を漏らした。
「うん、また絶対持ってくるね」

 * * *

 そして、そんな仲睦まじい二人を、草むらの中から見つめる何かがいた。
「見つけた…やっと見つけたよ、ユキハル」

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