■雪柳はただ風に舞う■ □第七話〜震えるだけ□
闇の中で風夏は震えていた。一体何に? わからない。
頭の中はほとんど真っ白で、心がずきずきと痛んでいる。ものすごく悲しいのに、まるで体中の水分が乾いてしまったようだ。まったく涙が出てこない。
遠くで何か音がしている。あれはなんの音だろう。
わからない。自分には何も、わからない。
「…ねご、風夏の姉御!!」
肩を激しく揺さぶられながら聞いたことのある声に呼ばれて、風夏は緩慢な動作で声の方を見上げた。
自分と同じ年ぐらいの少年。その人懐こそうな顔は、つい最近見たことがある気がする。
「……シュウ…くん?」
「あぁ、よかった…気がついたんすね。大丈夫っすか? 兄貴は?」
秋祐の何気ない問いを引き金に、先ほどの光景が、声が、言葉が次々と蘇る。
父を殺したのは。ニンゲンじゃない。突如現れた氷の壁。
「姉御? どうしたんすか?」
黙ったまま肩を抱いて再び震えだす風夏の顔を、秋祐が不思議そうに覗き込む。
風夏は静かに、か細く震える声で呟いた。
「……殺すの?」
「はぁ? 誰を?」
「わたしを」
「何言ってるんすか、姉御」
呆れたような秋祐に、しかし風夏は続けて尋ねる。
「だって…あなたも違うんでしょう?」
「違う……あぁ、フェイクが何か吹き込んだんすね。そうですよ」
なんでもないことのように、秋祐はあっさりとうなづいた。
「殺すの? わたしを」
「だから殺しませんって」
「あの子は殺すと言った」
「俺らは殺しません。兄貴も、俺も、姉御のことを傷つけはしません」
「でも、わたしのお父さんは殺した」
「ころっ……ま、待ってください姉御。きっと誤解してます!」
秋祐がわたわたと手を振りまわして顔を青くした。風夏はそれ以上何も言わないまま、ただ背を向けて震える肩を抱くだけ。
そんな風夏の様子に、秋祐はふっと悲しそうに目を細めた。ぽつりと、静かに風夏の背に尋ねる。
「姉御は……本当に兄貴がそんなことをすると思っているんですか?」
今まで聞いたことのない秋祐の真摯な声音に、風夏はそろりと秋祐を見上げた。その顔は、今にも泣きそうだった。
「姉御は、兄貴がそんなことできる人だって、本気で思ってるんですか?」
「でも、あの子がそう言って……」
「あいつの言うことが真実だっていう証拠なんてないじゃないですか」
確かに証拠はない。でも……彼は黙っていた。それが何よりの証拠だ。
すると秋祐はそっと目を伏せて、ぽつりと呟く。
「兄貴、まだ気にして……」
やりきれない面持ちの秋祐を、風夏はただ見つめた。その表情は普通の……普通の人間にしか見えない。
秋祐はゆっくりとかぶりを振ると、風夏をまっすぐ見つめ返した。
「…俺、誰にも話すなって言われてます。でも……兄貴と、姉御があまりに悲しくて。だから…」
少しためらうように一度視線を外して、秋祐はとどまった。が、ぐっと覚悟をするように拳を握り締めて、再び風夏を見つめる。
「……だから、話します。あの日…あの、季節外れの雪の日、一体何があったのか」
その言葉に風夏は瞠目した。秋祐は真摯に言いつのる。
「もちろん証拠なんてありません。俺も、兄貴から聞いた話だから本当かどうかなんてわかりません。でも、俺には……兄貴が嘘をつくような人には見えないんです」
秋祐はそう言って、遠い日に聞いた話を思い出すように目を伏せる。
|