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■雪柳はただ風に舞う■ □第八話〜語られる回想□

 その日、雪晴は山へ散歩に出かけた。すると男が一人山へ入ってきたので、雪晴はその男に忠告した。
『何をしにきた。この時期の山は危険なんだ。すぐに出て行け』
 すると男は苦笑いをして、雪晴の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
『そういうお前はなんでこんなところにいるんだ?』
『僕は関係ない。お前は早く出て行け』
『あぁ、そうか、ばあちゃんの言ってたヤツだな……心配しなくても荒らしはしない。人を探しに来ただけだ』
『人を?』
『そう。こんくらいの子供なんだが、お前、見なかったか?』
 こんくらい、と手で示した男に、雪晴は顎に手を当てて、思い出そうと小首をかしげた。
 ちらりと頭をかすめる、小さな影。
『……そういえば、見た気がする』
『ほんとか、どっち行った!?』
『……あっち』
 指さした方向は山の奥だ。
 男は頭を抱えて、盛大に溜息をついた。
『やっぱりかぁ〜……何でこんなとこ来るかなぁ……』
『……さぁ』
『しゃーない…教えてくれてありがとうな。ちょっと行ってくるわ』
『待て』
 手を振ってさっさと山に入りかけた男を雪晴は引き止めた。
『何だ、俺、結構急いでるんだけど』
『山は危ないと言っているだろう。他人なんて放っておけ』
 すると男は困ったように頭を掻いた。
『それが放っておけないんだよなぁ〜』
『何故』
『娘なんだ』
 その返答に、雪晴は黙り込んだ。雪晴は“家族”を持たない。だから厳密には男の感情はわからないが、それは人間にとって、とても大事なものらしいということは知っていた。
『そういうことで、止めてくれるな』
『待て』
 男を無視して再び声をかけた雪晴に、男はがくりと肩を落とした。
『今度は何?』
『山は危険だ』
『それは聞いた』
『…どうしても行くのか』
『行く。娘が危ないからね』
『……じゃあ、僕も行こう』
 思わぬ申し出に、男は一瞬呆気にとられて、すぐに顔をほころばせた。
『それはありがたい! よろしく頼むよ、妖精さん』
 男が嬉しそうに雪晴の肩を叩く。雪晴はそれを鬱陶しげに手で払った。
『正確には妖精じゃないし馬鹿にされてる感じがする。雪晴だ』
『おぉ、悪いな。ユキハルね。俺はアオイだ。よろしく』
 アオイは笑って雪晴の背を叩くと、大股で山へと歩を進めた。


 しばらく山を登ったところで、不意にアオイが立ち止まった。
『…アオイ?』
『やな予感がするなぁ……』
 アオイは顔をしかめて唸ると、ポケットの中をごそごそとあさった。
『なぁ、ユキハル』
『何だ』
『俺さぁ、今までこの手のやな予感って外れたことないんだ』
『だから何だ。自分は予言者だとでも言いたいのか』
『言いたくねぇ。できれば外れて欲しいが…万一の為に』
 そう言って、アオイはポケットの中のものを雪晴に渡した。
『…何、これ』
『娘へのプレゼント。俺に何かあったら渡してあげて』
『は?』
『やな予感が今までにないくらい、すげぇ強いんだ……まぁ、万一ってことで』
 そう言ってアオイは笑った。だが、決して笑いごとではない。
『僕は嫌だ、自分で渡してよ』
『何もなかったら返してもらうから。それに、何かあった時のためにお前が居るんだろ?』
 確かに、アオイの言うとおりだ。なかなか引き下がらないアオイに、雪晴はしぶしぶ小箱を受け取ってポケットにしまった。
 その時だ。
『…さぁーん、おとーさぁぁぁぁん』
 どこかで子供のすすり泣く声が聞こえた。アオイは素早くそれに反応すると、辺りを見渡しながら声を張り上げた。
『フウカ! どこだフウカ!』
『おとうさぁぁぁん』
『ユキハルはそっちを探してみてくれ、俺はこっちを探す!』
『あ、待っ…』
 引き止める雪晴の言葉を聞かずに、アオイは娘の名前を呼びながら奥へと走って行ってしまった。
 追いかけるべきか、それともアオイの言うとおりにするべきか。雪晴が一瞬逡巡した矢先、先ほど別れたばかりの声が森の奥で叫びを上げた。
『アオイ!?』
 雪晴ははじかれたようにその声の方へと駆け出した。木が邪魔をして思うように進めない。一体何があったんだ。不安ばかりが脳をよぎる。
 やっとのことで木々の間を抜けた雪晴は、そこに、一人たたずむ子供を見た。

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