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■こまめになりたい■

 昨日、お兄ちゃんに怒られた。ぼくが部屋を片づけないからだ。『コマメ』になれって、お兄ちゃんは言った。
 「コマメ」って、どうすればなれるんだろう。今日、ぼくはずーっと「コマメ」について考えていた。学校から帰るときにも、ずっと。そんな時、太っちょのおじさんに呼び止められたんだ。
 「すみません、道を聞きたいんです」
 おじさんは真っ黒なスーツを着て、汗びっしょりだった。
 「暑いせいか、だれも通らなくて困っていたんです」
 困ってる人には親切にしなさいっていうでしょう。だからぼくはおじさんをたすけてあげた。そうしたら、お礼にって、おじさんは、ちびた使いかけの鉛筆をくれたんだ。
 「なにこれ。鉛筆なんて今時使わないよ」
 「ただの鉛筆だと思っちゃあいけません」
 おじさんは、ないしょ話をするみたいに、ぼくに顔をちかづけた。
 なんでも、この鉛筆には不思議な力があって、紙にこの鉛筆で願い事を書くと、どんな願いでもかなっちゃうんだって。でも見てのとおり使いかけだから、かなえられる願い事はあと二つだけみたい。よく考えて使いなさいよ、っていわれた。
 ぼくは走って家に帰った。何をかなえてもらおうか。いろいろと考えたけれど、家について散らかった部屋をみたとたんに、ぼくの願い事は決まったんだ。
 『コマメ』になりたい。
 だって、願い事で部屋がきれいになったって、すぐに散らかしちゃうでしょう。だったらぼくが、昨日お兄ちゃんに言われた『コマメ』になっちゃえばいいんだ。ぼくって頭いい。
 そのへんのノートに願い事を書くと、ぼくは鉛筆を放りだして、台所にむかった。暑さのせいかな、歩くたびに、周りがぐにゃぐにゃして見えた。きっと走ってのどがかわいてるんだ。ジュースでも飲もうっと。
 台所には、お母さんとお兄ちゃんがいた。おかしなことに、やけに二人が大きく見えた。まるでビルのお化けみたいだ。
 「ジュース、ちょうだい!」
 大きな声で言うと、二人がぼくを見た。次の瞬間、お母さんはきゃあって叫んで、お兄ちゃんは目をまん丸にしてこう言った。
 「あずきがしゃべった!」
 あずき? 今しゃべったのはぼくじゃないか。
 「なにいってるの? ぼくだよ、たかしだよ」
 「たかし? わかった、いたずらね。バカなことしてないで、出てきなさい」
 お母さんったら、今度は怒りだした。でも、ぼくじゃなくて、ぼくの後ろを見ているんだ。お兄ちゃんが、流しのそばのお鍋をつかんで、ぼくの前にしゃがみこむと、
 「本当にたかしか? どう見たってあずきだけれど」
 銀色に光るお鍋の底を、ぼくに向けた。ぼくはぽかんと口を開けた。そこには、つやつやの小さな豆がうつっていたんだ。その豆には、上から三分の一ぐらいのところに、ぼくそっくりの目と、鼻と、口がついていた。細長いけれど、手と足もちゃんとある。うそみたい、ぼくは本当にあずきになっちゃったんだ。

      *

 ぼくは、机の上にのせられた。お母さんがふかふかのふきんをしいてくれたから、座り心地は最高だ。
 「どうして、こんなことになったの」
 二人にわけを聞かれたけれど、ぼくだって、どうしてなのかわからない。だから、朝からあったことを全部話した。おじさんのことと、鉛筆のことを話すと、お母さんが怖い顔でぼくに言った。
 「知らない人から、ものをもらっちゃだめでしょう」
 困っている人を見たら助けてあげなさいって言われてたから、その通りにしただけなのに。そう思ったけれど、もっと怒られるのは嫌だから、ぼくは黙っていた。
 お兄ちゃんが台所から出ていって、すぐにぼくのノートを持って戻ってきた。そのノートを机に置いて、
 「原因、わかったよ。たかし、おまえここを読んでみな」
 さっきぼくが書いた願い事を指さした。ぼくは言われたとおり、
 「コマメになりたい」
って読んだ。それなのに、お兄ちゃんったら笑いだしたんだ。
 「たかし、これはこまめじゃなくてな、あずきって読むんだぜ」
 「たかしのなりたかったこまめは、こう書くのよ」
 お母さんがノートのはじっこに、ボールペンで《小忠実》って書いて教えてくれた。ぼくは恥ずかしくってたまらなくなった。漢字の方が大人っぽいって思って《小豆になりたい》って書いたのに、まさか間違っていたなんて。こんなことになるのなら、漢字で書かなきゃよかったよ。
 「ねえ、あのおじさん、鉛筆は二回使えるって言ってたよ。それでもとに戻してよ」
 泣きそうになりながら、ぼくは頼んだ。
 「鉛筆、なかったんだよ。あの散らかった部屋のどこにおいたんだ」
 そうだ、お願いを書いてから、適当にほっぽったんだ。ぼくがそれを話したら、お兄ちゃんはため息をついた。
 「部屋を片づけないから、こういうことになるんだろ」
 「でも、たかしがこのままだったら大変だわ。鉛筆を探さなきゃ。二人で手分けして片づけましょう」
 それから、大そうじが始まった。途中で仕事から帰ってきたお父さんも、わけを聞いて一緒に片付けをしてくれた。おかげで部屋は、ぼくの部屋じゃないみたいにピカピカになったけれど、それでも鉛筆は見つからなかったんだ。
 「このままじゃ、もとに戻れないよ」
 「他の方法があるかもしれないわ。そうだ、字を消しゴムで消してみたらどうかしら」
 お母さんがそう言って、ノートに消しゴムをかけた。でも、字はぜんぜん消えなくて、ぼくもあずきのままだった。だめみたい。
 次に、お父さんがこんな事を思いついた。
 「豆なんだから、植えて育てればもとに戻るんじゃないか」
 「豆ってたくさんできるのよ。もし、うまくたかしに戻っても、家の中が、たかしだらけになっちゃう」
 お母さんが反対した。ぼくも、土に埋まるなんて事はしたくない。
 「やっぱり鉛筆を探すしかないんだよ」
 お兄ちゃんの言葉に、みんながうなずいた。
 ぼくは申し訳ない気持ちになった。だって、ぼくがもともとこまめだったら、こんな事にはならなかったはずだもの。
 「ぼくも、なにかしたい。そうだ、ぼく小さいから、すきまに入って探せるよ」
 「でも、危ないわ」
 お母さんが心配そうに首をふった。でも、お父さんはこう言ってくれた。
 「いや、たかしの気持ちも大切にしよう。まずはみんなですきまを探して、鉛筆が見つかったら、たかしに取ってきてもらおう」

        *

 もういちど、鉛筆探しが始まった。すきまを探したら、鉛筆はすぐに見つかった。どうやって転がっていったのか、タンスの後ろに落っこちていたんだ。
 「じゃあ、行ってくる」
 いよいよぼくの出番だ。なんだかどきどきしてきた。お父さんが糸を持ってきて、命づな代わりにって、ぼくの体に結んでくれた。
 タンスの後ろはうす暗くて、ほこりっぽかった。ぼくはむせないように気をつけながら、鉛筆のところまで歩いていった。
 「う〜ん、う〜ん」
 鉛筆は、びくともしなかった。あずきのぼくには、ちびた鉛筆も重くて動かせないんだ。がっかりして泣きたくなったけれど、鉛筆を持ち帰れなかったら、ぼくはずっとこのままだ。そんなの嫌だから、必死で考えた。
 「そうだ」
 ぼくは、糸を体からはずして、鉛筆に結びつけた。それから鉛筆にしがみついて、
 「オーライ、引っ張ってぇ!」
 大きな声で合図した。スポーン。ぼくと鉛筆は糸で引っぱられて、タンスの後ろから飛びだした。
 「たかし、よくやった」
 待ちかまえていたお父さんが、ぼくと鉛筆を、勉強机の上にそっと運んでくれた。机には、あのノートが広げて置いてあった。
 「お母さん、お願い」
 家でいちばん字が上手なのは、お母さんだ。お母さんはうなずいて、鉛筆を手にとった。
 《た・か・し・を・に・ん・げ・ん・に・も・ど・し・た・い》
 「書いたわよ」
 お母さんが、ゆっくりと鉛筆をノートからはなした。みんながぼくを見つめてる。ちゃんと元に戻るかなあって、ちょっと心配になったけれど、すぐに周りがぐにゃってゆがんで見えはじめた。しばらくたって、お兄ちゃんが叫んだ。
 「たかしに戻った!!」

 それからぼくは、自分で部屋を片づけるようになった。でも、時々気を抜いちゃって、そのたびにお兄ちゃんにからかわれるんだ。
 「また、あずきになるぞ」
って。こまめになるって、難しいね。(終)

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