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■けやき商店街のモカ■

 ある秋の日、ぼく宛てに、一枚の葉書が届きました。

 「まさとくん おげんき ですか 
 とつぜん だまって いえをでて ごめんなさい
 ぼくは いま けやきしょうてんがいで おみせを してます 
 じぶんで いうのも なんですが、けっこう はんじょう してます 
 おせわになった まさとくんに、ぜひ みていただきたいです 
 いつでもきてください まってます 」

 この、ひらがなばかりの葉書の差出人は、モカでした。
 モカというのは、ぼくが可愛がっていたうさぎです。コーヒーのような色をしているので、この名前をつけました。
 モカは数か月前にケージから逃げ出して、行方不明になっていました。
 その、逃げ出した張本人から手紙がきたのです。ウサギが字を書くなんて、ましてやはがきを出すなんて、と思いましたが、文末に押してある手形は、紛れも無く、モカのものでした。
 モカが無事らしいとわかって、ぼくはほっとしました。なにしろ、モカがいなくなってしばらくは、心配で心配で、夜も眠れないくらいでしたから。
 はがきには、けやき商店街までの地図も描かれていました。けやき商店街は、小学校のそばにあるようです。
 「こんなところに、商店街なんてあったっけ」
 ぼくは怪訝に思いましたが、モカに会いたくてしかたがなかったので、とにかく地図の場所に行ってみることにしました。
 よく見ると、地図の下のほうに、小さな字で、「ゆうぐれどきにきてください」と書いてありました。
 ちょうど今、太陽が沈みかけています。ぼくは、はがきを手に、家をとびだしました。


 小学校の横には、けやきの並木道があって、けやきの木が、行儀よく、一列に生えています。
 その並木道の入り口に、茶色のうさぎが、ちょこん、と後ろ足でたっていました。
 モカです。
 ぼくが手を振ると、モカはぺこっとおじぎをしました。
 黒いズボンに、糊のきいた白いシャツ。その上に空色のベストをはおり、紺色の蝶ネクタイをしめています。おそらくモカの手作りなのでしょう。その服装は、モカによく似合っていました。
 「すてきな服だね」
 ぼくがほめると、モカは、まんざらでもなさそうに鼻をこすりました。
 それにしても、商店街らしいものは見当たりません。ぼくはモカに聞いてみました。
 「けやき商店街はどこにあるの」
 モカは、すぐそばにある、ひときわ大きなけやきの木を指さしました。
 「ここです」
 「これが商店街?」
 どう見ても、何の変哲も無いけやきの木です。ぼくは思わず笑ってしまいました。
 「ただのけやきの木じゃないか」
 「ここが商店街の入り口なんです」
 モカは、大まじめにくりかえします。
 これが入り口だ、なんて言われても、納得できません。
 「この木から、どうやって商店街に行くのさ」
 するとモカは、ぼくに片手を差し出しました。
 「まさとくん、ぼくと手をつないでください」
 「手をつないで、どうするの」
 「すぐにわかりますよ」
 ぼくはかがんで、モカの手を取りました。
 モカは、もう片方の手のひらを、木にぴたりとくっつけました。
 それから、

 けやきの町の商店街へ
 通しておくれ けやきの木

 節をつけて、歌うように言いました。
 落ち葉が、ぼくとモカのまわりを、くるくるまわりはじめました。
 つむじ風です。
 はじめは微かだった風は、どんどん強くなり、ついには目を開けていられないほどになりました。
 ぼくは、まぶたを閉じました。途端に、ふっと体が軽くなり、宙に浮き上がったような気がしました。


 「まさとくん、着きましたよ。ここが、けやき商店街です」
 モカの声が、耳元で聞こえました。
 目をひらくと、明るい光に照らされて、レンガ造りの商店街がまっすぐに伸びていました。
 ぼくは空を見て、目を細めました。太陽が、頭の上にありました。
 「さっきまで、夕方だったよね」
 「あちらの世界と、けやき商店街は、時間の流れ方が少し違うんです」
 いつのまにか、ぼくとモカの背丈は、同じくらいになっていました。耳がとがっているぶん、モカのほうが、いくぶん背が高く見えます。
 「さあ、行きましょう。ぼくの店は、こっちです」
 モカはぼくの手を引いて、歩きはじめました。
 商店街をよくよく見ると、ケーキ屋さんも、花屋さんも、商店街の買い物客も、みんな、服を着たウサギです。
 ウサギたちは、すれ違うたびに、ぼくをめずらしそうに振り返ります。
 「この町、ウサギばっかりだね」
 「けやき商店街は、ウサギが作った町ですから」
 「ウサギも町をつくるんだ」
 モカはうなずきました。
 「だけど、ウサギなら誰でも、この町に住めるというわけじゃないんですよ。けやき町に住めるのは、仕事を持ったウサギだけです」
 「じゃあモカもそうなんだ。どんな仕事をしているの」
 「ぼくは仕立て屋です。ちゃんと、自分のお店も持っているんですよ」
 そういえば、モカははがきに、お店を開いていると書いていました。
 突然、モカは
 「しまった」
 と言って、たち止まりました。
 「どうしたの」
 ぼくがたずねると、モカはある建物を指で示しました。
 「お客さんに、今日は休みだって言うのを忘れてました」
 建物の前には、たくさんのウサギが集まっていました。
 「あそこがぼくのお店です」


 モカの仕立て屋は、ほかの建物と同じようなレンガ造りで、

 したてや モカ

 と書かれた円形の看板が、壁から下がっていました。ドアをはさんだ右と左に、大きなショーウィンドーがあって、それぞれ洋服が展示されています。そのうちの片方には、服と一緒に、

 あなたに ぴったりのふくを
 すぐに おつくりいたします

 という立て看板が置いてありました。
 店の前にいたのは、サーカス団のウサギたちでした。
 「モカさん、私たち、モカさんの帰りを待っていたんですよ。」
 団長は、明日のショーで着る衣装が手違いで作られておらず、モカに助けを求めに来たと説明しました。
 「今日の夜までに、どうしても必要なんです。お願いします」
 モカは振り向いて、小声でぼくに申し訳なさそうに言いました。
 「まさとくん、ごめんなさい。ぼくは仕事をしなくちゃならなくなりました。少し待っていただけますか」
 急ぎの用なら、しかたがありません。ぼくはうなずきました。
 「ちょっとお待ちくださいね」
 モカは小走りにドアへ駆け寄り、鍵を開けてウサギたちを中へ通しました。
 ぼくも店の中に入りました。部屋の中央にはミシンが据え付けられていました。その隣に細長い机があり、メジャーやはさみ、その他いろいろな裁縫道具が、無造作に置いてあります。
 モカは木の丸いすをぼくにすすめて、サーカスウサギのほうへ走っていきました。
 いすに腰かけて、ぼくは、モカの作業を見ていました。
 体のサイズを測り、型紙を書き、布を切って縫い合わせる。これらの作業を、あっという間に、しかも正確にこなしていきます。モカの腕前は、なかなかのものでした。
 それでも、全ての衣装が完成するころには、窓の外はすっかり暗くなっていました。


 衣装のできばえは、すばらしいものでした。ウサギたちは大喜びで、くちぐちにお礼を言いました。
 サーカス団が、出来立ての衣装を抱えて店を出て行くと、
 「今日は、これでおしまいです」
 モカは入り口のドアに「じゅんびちゅう」の札をさげました。
 ぼくはあらためて、店の中を見回しました。
 小さいけれど、落ち着いた雰囲気の、素敵なお店です。モカのセンスのよさを、ぼくは自分のことのように、誇らしく思いました。
 モカが、紅茶を運んできました。
 「すみません、まさとくん、なかなかおもてなしできなくて」
 細長い机に紅茶を置き、ぼくとモカは向かいあって座りました。
 とめどもないおしゃべりをしばらくしたあと、ぼくはいちばん聞きたかったことを切り出しました。
 「ねえモカ。モカはいつ、家に戻るの」
 モカは、紅茶を一口、ゆっくりと飲みました。
 「ぼく、この仕事が楽しくてしょうがないんです。仕立て屋として、けやき商店街で働き続けたい、そう思っています」
 言葉を切って、モカはぼくをまっすぐ見ました。
 「だからぼく、もう家には戻らないつもりです」
 モカは帰ってきてくれる。そう信じていたぼくは、少なからずショックを受けました。
 確かに、仕立て屋をしているモカは、いきいきとして楽しそうです。そんなモカを無理やり連れ帰ることは、ぼくにはできません。
 ぼくは紅茶を飲み干すと、立ち上がりました。
 「わかった。今日はモカにあえて、うれしかった」
 それ以上話すと、涙が出そうでした。
 ドアに手をかけたぼくを、モカが呼び止めました。
 「まさとくん、ちょっと待って」
 振り向いたぼくに、モカは紙袋を差し出しました。
 「これは、今までお世話になったお礼です。どうしてもこれを渡したくって、まさとくんをお呼びしたんです」
 中身は、モカそっくりな色のコートでした。


 店を出ると、そこはケヤキ並木でした。
 ぼくは戻ってきたのです。
 夕日がしずんで、空が薄暗くなっていましたが、こちらでは、まだそれほど時間は経っていないようです。ぼくはおもわず身震いをしました。
 秋の夕風は、身に染みます。ぼくはさっそく、モカから貰ったコートを着てみました。
 モカのコートは、ぼくにぴったりの大きさで、ふんわりと暖かでした。
 モカは、立派な仕立て屋なんだなあ、とぼくは実感しました。


 あれから、モカには一度も会っていません。
 夕暮れ時に、モカをまねて呪文を唱えてみたこともありましたが、商店街へは行けませんでした。ぼくがウサギではないからでしょうか。
 ケージは、いまも、うちに置いてあります。
 モカは戻らないとはいっていましたが、もしかしたら、ひょっこり遊びに来るかもしれませんから。そのときは、ちゃんと、コートのお礼を言うつもりです。

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