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■けやき商店街のモカ■
ある秋の日、ぼく宛てに、一枚の葉書が届きました。 *
小学校の横には、けやきの並木道があって、けやきの木が、行儀よく、一列に生えています。 その並木道の入り口に、茶色のうさぎが、ちょこん、と後ろ足でたっていました。 モカです。 ぼくが手を振ると、モカはぺこっとおじぎをしました。 黒いズボンに、糊のきいた白いシャツ。その上に空色のベストをはおり、紺色の蝶ネクタイをしめています。おそらくモカの手作りなのでしょう。その服装は、モカによく似合っていました。 「すてきな服だね」 ぼくがほめると、モカは、まんざらでもなさそうに鼻をこすりました。 それにしても、商店街らしいものは見当たりません。ぼくはモカに聞いてみました。 「けやき商店街はどこにあるの」 モカは、すぐそばにある、ひときわ大きなけやきの木を指さしました。 「ここです」 「これが商店街?」 どう見ても、何の変哲も無いけやきの木です。ぼくは思わず笑ってしまいました。 「ただのけやきの木じゃないか」 「ここが商店街の入り口なんです」 モカは、大まじめにくりかえします。 これが入り口だ、なんて言われても、納得できません。 「この木から、どうやって商店街に行くのさ」 するとモカは、ぼくに片手を差し出しました。 「まさとくん、ぼくと手をつないでください」 「手をつないで、どうするの」 「すぐにわかりますよ」 ぼくはかがんで、モカの手を取りました。 モカは、もう片方の手のひらを、木にぴたりとくっつけました。 それから、 けやきの町の商店街へ 通しておくれ けやきの木 節をつけて、歌うように言いました。 落ち葉が、ぼくとモカのまわりを、くるくるまわりはじめました。 つむじ風です。 はじめは微かだった風は、どんどん強くなり、ついには目を開けていられないほどになりました。 ぼくは、まぶたを閉じました。途端に、ふっと体が軽くなり、宙に浮き上がったような気がしました。 *
「まさとくん、着きましたよ。ここが、けやき商店街です」 モカの声が、耳元で聞こえました。 目をひらくと、明るい光に照らされて、レンガ造りの商店街がまっすぐに伸びていました。 ぼくは空を見て、目を細めました。太陽が、頭の上にありました。 「さっきまで、夕方だったよね」 「あちらの世界と、けやき商店街は、時間の流れ方が少し違うんです」 いつのまにか、ぼくとモカの背丈は、同じくらいになっていました。耳がとがっているぶん、モカのほうが、いくぶん背が高く見えます。 「さあ、行きましょう。ぼくの店は、こっちです」 モカはぼくの手を引いて、歩きはじめました。 商店街をよくよく見ると、ケーキ屋さんも、花屋さんも、商店街の買い物客も、みんな、服を着たウサギです。 ウサギたちは、すれ違うたびに、ぼくをめずらしそうに振り返ります。 「この町、ウサギばっかりだね」 「けやき商店街は、ウサギが作った町ですから」 「ウサギも町をつくるんだ」 モカはうなずきました。 「だけど、ウサギなら誰でも、この町に住めるというわけじゃないんですよ。けやき町に住めるのは、仕事を持ったウサギだけです」 「じゃあモカもそうなんだ。どんな仕事をしているの」 「ぼくは仕立て屋です。ちゃんと、自分のお店も持っているんですよ」 そういえば、モカははがきに、お店を開いていると書いていました。 突然、モカは 「しまった」 と言って、たち止まりました。 「どうしたの」 ぼくがたずねると、モカはある建物を指で示しました。 「お客さんに、今日は休みだって言うのを忘れてました」 建物の前には、たくさんのウサギが集まっていました。 「あそこがぼくのお店です」 *
モカの仕立て屋は、ほかの建物と同じようなレンガ造りで、 したてや モカ と書かれた円形の看板が、壁から下がっていました。ドアをはさんだ右と左に、大きなショーウィンドーがあって、それぞれ洋服が展示されています。そのうちの片方には、服と一緒に、 あなたに ぴったりのふくを すぐに おつくりいたします という立て看板が置いてありました。 店の前にいたのは、サーカス団のウサギたちでした。 「モカさん、私たち、モカさんの帰りを待っていたんですよ。」 団長は、明日のショーで着る衣装が手違いで作られておらず、モカに助けを求めに来たと説明しました。 「今日の夜までに、どうしても必要なんです。お願いします」 モカは振り向いて、小声でぼくに申し訳なさそうに言いました。 「まさとくん、ごめんなさい。ぼくは仕事をしなくちゃならなくなりました。少し待っていただけますか」 急ぎの用なら、しかたがありません。ぼくはうなずきました。 「ちょっとお待ちくださいね」 モカは小走りにドアへ駆け寄り、鍵を開けてウサギたちを中へ通しました。 ぼくも店の中に入りました。部屋の中央にはミシンが据え付けられていました。その隣に細長い机があり、メジャーやはさみ、その他いろいろな裁縫道具が、無造作に置いてあります。 モカは木の丸いすをぼくにすすめて、サーカスウサギのほうへ走っていきました。 いすに腰かけて、ぼくは、モカの作業を見ていました。 体のサイズを測り、型紙を書き、布を切って縫い合わせる。これらの作業を、あっという間に、しかも正確にこなしていきます。モカの腕前は、なかなかのものでした。 それでも、全ての衣装が完成するころには、窓の外はすっかり暗くなっていました。 *
衣装のできばえは、すばらしいものでした。ウサギたちは大喜びで、くちぐちにお礼を言いました。 サーカス団が、出来立ての衣装を抱えて店を出て行くと、 「今日は、これでおしまいです」 モカは入り口のドアに「じゅんびちゅう」の札をさげました。 ぼくはあらためて、店の中を見回しました。 小さいけれど、落ち着いた雰囲気の、素敵なお店です。モカのセンスのよさを、ぼくは自分のことのように、誇らしく思いました。 モカが、紅茶を運んできました。 「すみません、まさとくん、なかなかおもてなしできなくて」 細長い机に紅茶を置き、ぼくとモカは向かいあって座りました。 とめどもないおしゃべりをしばらくしたあと、ぼくはいちばん聞きたかったことを切り出しました。 「ねえモカ。モカはいつ、家に戻るの」 モカは、紅茶を一口、ゆっくりと飲みました。 「ぼく、この仕事が楽しくてしょうがないんです。仕立て屋として、けやき商店街で働き続けたい、そう思っています」 言葉を切って、モカはぼくをまっすぐ見ました。 「だからぼく、もう家には戻らないつもりです」 モカは帰ってきてくれる。そう信じていたぼくは、少なからずショックを受けました。 確かに、仕立て屋をしているモカは、いきいきとして楽しそうです。そんなモカを無理やり連れ帰ることは、ぼくにはできません。 ぼくは紅茶を飲み干すと、立ち上がりました。 「わかった。今日はモカにあえて、うれしかった」 それ以上話すと、涙が出そうでした。 ドアに手をかけたぼくを、モカが呼び止めました。 「まさとくん、ちょっと待って」 振り向いたぼくに、モカは紙袋を差し出しました。 「これは、今までお世話になったお礼です。どうしてもこれを渡したくって、まさとくんをお呼びしたんです」 中身は、モカそっくりな色のコートでした。 *
店を出ると、そこはケヤキ並木でした。 ぼくは戻ってきたのです。 夕日がしずんで、空が薄暗くなっていましたが、こちらでは、まだそれほど時間は経っていないようです。ぼくはおもわず身震いをしました。 秋の夕風は、身に染みます。ぼくはさっそく、モカから貰ったコートを着てみました。 モカのコートは、ぼくにぴったりの大きさで、ふんわりと暖かでした。 モカは、立派な仕立て屋なんだなあ、とぼくは実感しました。 *
あれから、モカには一度も会っていません。 夕暮れ時に、モカをまねて呪文を唱えてみたこともありましたが、商店街へは行けませんでした。ぼくがウサギではないからでしょうか。 ケージは、いまも、うちに置いてあります。 モカは戻らないとはいっていましたが、もしかしたら、ひょっこり遊びに来るかもしれませんから。そのときは、ちゃんと、コートのお礼を言うつもりです。 |
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