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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜鉱山モンスター退治依頼 side-A□

「いってぇ……」
 からんからんと小石の落ちる音が狭い洞窟内に反響した。瓦礫に埋もれた青年、ライハは、衝撃の抜けきらない頭でぼんやりと考えた。
 ――俺、何でこんなところにいるんだっけ?
 彼の災難の始まりは、一日前にさかのぼる。ライハはそのままぼんやりと、事の始まりを回想した。


 交易都市ラルードの南郊外に位置する宿屋、白鹿亭(はっかてい)。
 その一階にある酒場の一角にある六人掛けの丸テーブルにて、昼間からだらだらとしている集団があった。
「……おい、おまえら!」
 その様子を見かねた宿のマスターがその六人に声をかけるが、誰一人として反応しない。
 マスターはこめかみをひきつらせながら、磨いていたグラスを乱暴においた。
「こら、【蒼空の雫】!」
 その音にのろのろと面倒くさそうに体を起こしたのはライハだ。
 ライハは銀色のざんばら頭をかきむしると、眠たそうな銀の瞳をマスターに向けた。
「なんだよ、親父さん……んな大声で」
「お前らなぁ……仮にも冒険者だろうが! その体たらくはなんだ!」
 マスターのどなり声に顔をしかめながら頭を押さえたのは、冒険者パーティ【蒼空の雫】の中でも最年長の女性エリータだ。
「わたしたちだって疲れてるのよ、マスター。頼むからもう少し声量を……」
「それは疲れじゃなくてただの飲みすぎだ! 少しは自重しろ!」
 マスターの声がぐわんぐわんと頭に響いて、エリータは低く呻きながらテーブルに突っ伏した。マスターはたたみ掛けるように、どこ吹く風の冒険者たちに喝を入れる。
「依頼を受けたり各地を冒険するのがお前らの仕事だろうが! それなのに最近のお前らときたら、ただ毎日遊んで酒を飲むだけ……それでいいと思っているのか!」
 ものすごい剣幕で怒るマスターに、傍らで静かに紅茶を飲んでいた少女ローゼルが冷静に反論した。
「……お言葉ですが、マスター。私たち冒険者は、何者にも縛られません。仕事をしたいときにして、休みたいときに休む。それが私たち冒険者のスタンスですよ」
 そうだそうだと他のメンバーもローゼルの意見に賛同する。
 するとマスターは、つるんとした額に青筋を浮かべて、ライハの顔面に一枚の紙を勢いよく突き付けた。
「ぐえっ!」
「そのセリフはツケを払い終わってから言うんだな、このヒヨッコ冒険者ども……!」
「……痛いところをつきますね……」
 これにはローゼルも反論できずに押し黙った。紙を顔面から引き剥がしたライハが、その金額を見て観念したように溜息をつく。
「仕方ない、仕事するか……」
 そう言ってライハは立ち上がると、さまざまな依頼が掲示してある木の板に目を通していく。
「えーっと…急募、下水道の掃除…は、パス。ロクな目に会わん。
 英雄に興味ありませんか? ねぇよ!
 魔王、倒しませんか? ふざけんなって」
「……お前なぁ」
 いちいち読み上げては突っ込みを入れていくライハをマスターが呆れた目で見つめた。
「おい、クロ。お前何か言ってやってくれ」
 マスターは古めかしい分厚い本を一人静かに読んでいる子供、クロに助けを求めた。クロは本から顔を上げたと思うと、その夜色の瞳でマスターを少し見つめて再び本に視線を戻す。
「ツケで冒険者を脅すような親父さんに味方なんていないわよ」
 その隣で、盗賊の少女アニスがころころと笑い声をあげた。マスターは憮然とした顔でアニスを睨む。
「お、これなんていいんじゃないか?」
 木の板を眺めていたライハは一枚の紙に目を止めて、それを破り取るとテーブルに持っていった。
「募集、鉱山のモンスター退治。場所は…ここから歩いて三時間ぐらいのとこにある山だな」
「このモンスターというのは?」
 手渡された依頼の紙を眺めていた青年、ファルが穏やかな声で聞いた。マスターは再びグラスを拭きながらそっけなく答える。
「聞いたところ、ゴブリンやバットといった下級のモンスターらしい。最近なまってるお前らにはちょうどいいんじゃないか?」
 ゴブリンやバット程度なら、駆け出しの自分たちでも余裕を持って戦えるだろう。
 そう思いながら顔を見合わせた冒険者たちに、マスターが思い出したように付け加えた。
「ただ、最近どうも地震が多いらしいな。土砂崩れには気をつけろよ」
「そんなもんどうやって気をつけろっていうのよ……」
 忠告したマスターをアニスが半眼で睨みつける。間にいたファルがまぁまぁとアニスをなだめた。
「まぁ、とりあえず大した危険もなさそうだし、これにするか…異存あるやつは?」
 リーダーであるライハが最終的に確認をとる。どうやら、皆異存ないようだ。
 一行はその日のうちに冒険の準備を済ませ、次の日の早朝に白鹿亭を発った。
 近場とはいえ、久々の冒険はやはり楽しかった。マスターへの不満や世間話を他愛もなく話しながら歩く。道中野盗やモンスターに襲われることもなく、日が昇り切る前には目的地である鉱山へ到着できた。
 鉱山は何年も前に廃坑になっているらしく、古びた台車や錆びたつるはし、松明などが入口付近に打ち捨てられていた。中には当然明かりなどなく、陽の光が届くところまでしか中を視認できないでいた。
 ライハが目を凝らしていると、後ろでローゼルがサファイアロッドを手に呪文を呟いた。
「炎を纏う儚きものよ、今、我の前を照らせ。“蛍火の舞”」
 そしてサファイアロッドを小さく振ると、彼女の周りに小さな火の玉がいくつか浮遊した。松明代わりにしろということか。
「サンキュー、ローゼル」
「構いません。それより、早く依頼を済ませましょう。夜になると厄介です」
 そう言ってローゼルはすたすたと先に入って行く。ライハは苦笑すると、ほかのメンバーと共にローゼルの後を追った。
 ローゼルの魔術でほのかに照らされている鉱山の中は、思ったほど荒れてはいなかった。彼らは奥へと進みながら、たまに出現するゴブリンやバットを次々と倒していく。
 そうして一時間ほど経った頃、目の前のバットを切り倒したライハがふうと息をついた。
「大分奥まで来たな……そろそろ最奥か?」
「聞いてた話がほんとなら、ついてもおかしくはないわね」
 依頼の中には、たまにガセネタもある。エリータが眉をしかめたとき、偵察で先を歩いていたアニスが振り返った。
「先は行き止まりだよ! モンスターもいないみたい!」
「ってことは最奥か」
 とりあえずアニスの元まで歩いて行く。確かに少し曲がった先の通路の奥は、むき出しの土の壁だった。
「これで一通り見て回ったな」
「隠し通路がなきゃね」
 アニスが笑ったが、ふつうの鉱山に隠し通路などあるわけがない。
「じゃあ、モンスターが残ってないか確認しながら引き返……」
 ライハが喋っている途中、急にクロがびくりと顔をこわばらせた。次の瞬間、地の底から轟くような音とともに、小刻みな振動が伝わってくる。
「何? ……地震?」
「いや、それにしては様子が変だ……」
 揺れは止むどころか音と共に大きくなってきている。戸惑う一行がその場に立ち尽くしたまま様子をうかがっていると、ローゼルの横で、背後の壁が唐突に破裂した。
「きゃっ!?」
「ローゼル!」
 転びそうになったローゼルを咄嗟に支えたライハは、破裂した壁の穴に目を向けて、訝しげに眉を寄せた。壁の穴には、自分たちを含む洞窟内が妖しい金色に変色して映っていた。
「……何だ、ガラス……?」
「ち、違いますよ! あれは……!」
 不審げに呟いたライハに、後ろからファルが慌てて訂正しようとする。
 その時、黄色いガラスの中の黒い線――瞳孔が、ぎょろりと動いた。
「って、目ぇぇぇぇぇっ!?」
 ぎょっとしてあとじさった一行を追うように、壁を打つような激しい音が、地鳴りと共に響く。冒険者たちの背筋を冷汗がつたっていった。
「これって、まさか……」
「そのまさか……ですよ」
 ある種の嫌な予感と確信を持って、一行はじりじりとあとじさった。壁を打つ音はだんだん大きくなって行く。
 三、二、一。
「ド、ドラゴンだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 彼らが叫んで脱兎の如く逃げ出したのと同時に、壁がものすごい音とともに崩れた。そこからぬっと顔をのぞかせたのは、全身が硬いうろこに覆われた、羽根のない大きなトカゲのような生物――ドラゴンだった。ドラゴンはけたたましい咆哮を上げながら、冒険者たちを追ってくる。
 ばたばたと走りながら、後ろをちらりと観察したエリータが、いやに落ち着いた声で言う。
「あれは多分アースドラゴンね、まだ子供みたいだけど」
「何でそんな落ち着いてるんですかぁぁっ!!」
「いいから走れっ!!」
 怒鳴りながら、最後尾を走るライハが半泣きのファルの背中をどついた。アースドラゴンは狭い鉱山の中をずしずしと追いかけてくる。
 アースドラゴンは他のドラゴンに比べれば小さいほうの部類に入るとはいえ、仮にもモンスターの中でも別格のドラゴンの一種である。ベテラン冒険者ならばまだしも、彼らのような駆け出しパーティにはどう考えても勝ち目がない。倒せばそれなりの名声は得られるだろうが、それで命を捨てるのは馬鹿のすることである。
 今、彼らがするべきことは、このアースドラゴンから逃げきることだ。彼らは出口めがけて必死に走った。
 その時、アースドラゴンの足がひときわ大きく地面を打った。瞬間、一番後ろを走っていたライハの足元が唐突に崩れ落ちる。
「なっ!?」
「ライハ!!」
 バランスを崩したライハの体は、瓦礫と共に落下していった。

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