kazameigetsu_sub-signboard はじめに メンバー 文章 イラスト 手仕事 放送局 交流 リンク

■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜鉱山モンスター退治依頼 side-B□

そこまで思い返して、ライハはところどころ痛む体を起こした。痛みはするが、打ちつけただけで損傷はないようだ。一か所ずつ丁寧に状態を確認していって、ライハは立ち上がって体の砂埃をほろった。装備も一通り確認して、ライハは考えを巡らせる。
 どうやら自分は、落ちてから気絶していたらしい。それがどれぐらいの間なのかは定かではないが、そんなに長い間ではないと思う。
 ライハは暗がりに慣れた目で自分が落ちてきた天井の穴を見上げた。高いというほどではないが、這いあがれるような高さでもない。自分が今いる空洞はどうやらどこかにつながっているらしく、風がライハの右手に向かって流れているのがわかる。
 ライハは少し考えて、腰につけていたバッグから手探りでカンテラを取り出して火をつけた。洞窟内がほのかに明るくなり、自分の周りの足場や壁面などが明確に見えるようになる。
 明かりをつけて気づいたが、どうやらこの空間は人工的に作られたようだった。何かの遺跡だろうか。壁や床は丁寧に整えられ、到底鉱石を求めて掘り進めただけのようには見えない。
 とりあえずライハは先に進んでみることにした。カンテラを左手に持ち替えて、右手で腰の刀を抜く。モンスターを警戒しつつ、彼は一人先へ進んだ。
(あいつら、ちゃんと逃げられただろうか……)
 ライハは歩きながら仲間のことを考えた。皆それなりに機転も利くから大丈夫だとは思っているが、やはり離れてみると、いくら信頼していても少し心配である。
(でもとりあえずここから出ないとな……そもそも出口あるのか?)
 ここから出れない自分が思わず脳裏をよぎって、ライハは首を振った。悪いことが起こる前に悪いことを考えるのはばかげている。心配よりもっと考えなければいけないことは山ほどあるはずだ。
 ライハは気合いを入れなおして周囲に神経を配った。先ほどからずっと同じような道が続いている。
 狭い視界の中、上に行く道を見落とさないよう、ライハは慎重に歩いて行く。モンスターの気配は異常なほどにせず、自身の足音だけが洞穴内に響いていた。
(……おかしいな、モンスターもいないし、やけに静……)
 静かだ、ライハがそう思った矢先に、天井から不吉な音が響いた。
「……?」
 ライハが上を見上げた瞬間、はじけるような音を立てて、天井が裂ける。
「!?」
「うわぁぁぁっ!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ぐぇふっ!!」
 瓦礫と共に何かがどさどさとライハの上に落ちてきた。砂煙がもくもくと視界を覆う。
「けほっ、けほっ……みんな、大丈夫?」
 起き上がってあたりを見回したのは、浅黒い肌の女性、エリータだった。がらがらと音を立てて、瓦礫の中から次々に人が起き上がる。
「なんとかね……ちょっとクロ、考えて魔術使いなさいよ」
「……ごめん」
 土ぼこりをほろいながらアニスがクロに文句をつける。ファルはまだ座り込んだままアニスをなだめた。
「まぁまぁアニス、そのへんにして……あ、皆さん、けがはありませんか? ……ローゼル?」
 一向に返事がないローゼルにファルが呼びかける。ローゼルは普段無表情な顔を少ししかめながら、むくりと起き上がった。
「問題ありません。何か、下に柔らかいものが……ん?」
「……おーまーえーらー……」
 ローゼルの下で、地の底から這い出てくるようなおどろおどろしい声がした。上に乗っかっているローゼルは、さらりと声をかける。
「これはライハ、無事だったのですね」
「先に謝れ! っていうかどけろ!」
 ライハは無理やりローゼルをどかして起き上がった。いくらなんでもとんでもない再会である。少しでも心配した自分が馬鹿だった。
「これはすみませんでした。元気そうでなによりです」
「すまなそうに聞こえねぇんだよ……」
 しらっと返したローゼルをうらみがましい目で見てから、ライハは他のメンバーをざっと見渡した。どうやら皆変わりないようだ。となると、残る心配事はただ一つ。
「で、ドラゴンは?」
 ライハが尋ねると、瓦礫の中からデイパックを掘りだしたエリータが埃を払い落しながら答えた。
「一応クロの魔術で撒いたけど、まだわたしたちを探してるでしょうね。なにせ、起きたばっかりで腹ぺこみたいだから」
 そう言ってエリータは軽く笑った。
「こんな辛気臭い洞窟でドラゴンの餌になるなんてごめんだわ……早いとこ出ましょ」
 アニスの言葉に皆がうなづいた。見つからないうちに抜け出せれば、あとはどうとでもなる。
「しかし……出口はどこでしょう? 見たところ鉱山ではないようですが」
 きょろきょろと周りを見渡したファルが尋ねるが、誰も明確な答えなど持っていない。
「……もしかしたら、ここは旧文明の遺跡かもしれませんね」
「旧文明?」
 ぼそっと呟いたローゼルにライハが尋ねた。ローゼルは神妙にこくりとうなづく。
「別名“遺産文化”と呼ばれる文明です。この世界に魔力の源であるミスティックが散らばる前…つまり、ミスティックインパクトが起きる以前の文明です」
「ここが、その遺跡かもしれない……と?」
「私にも詳しくはわかりませんが」
 ファルの問いに曖昧に首を振って、ローゼルはしかし、と続けた。
「ここが仮に遺跡だとしたら、どこかに必ず出口はあるはずです。探してみましょう」
 ローゼルの言葉に皆は一つうなづいた。
「俺の来た方は行き止まりだから、たぶんこっちだ。行こうぜ」
 ライハが先導して、一行はぞろぞろと歩き始めた。ライハは消えてしまったカンテラをしまって、刀も鞘におさめた。腰にくくりつけた愛用の大剣はいつでも手が届くようになっている。
 しばらく歩いていると、少し後ろを歩いていたローゼルが、すっとライハの横に進み出てきた。
「もしかするとあのアースドラゴンは、この遺跡に封じられていたのかもしれませんね」
 ライハがローゼルを見ると、ローゼルはいつものように冷徹な赤い瞳で前を見たまま続けた。
「おそらく、アースドラゴンの封印が弱くなり、アースドラゴンの持つミスティックが地上に漏れ出した。あのゴブリンたちはそのミスティックに引きつけられて、坑道に住み込んだのではないでしょうか……あくまで仮説ですが」
「ってことは、アースドラゴンを倒さないと、この鉱山にはずっとモンスターが寄ってくるってわけか」
「どころか、近隣の村などに被害がでるかもしれません。早々に討伐隊でも派遣してもらった方がいいかもしれませんね」
 ローゼルの冷静な指摘にライハはうなづいた。ローゼルが軽く咳ばらいをする。
「ところで、ライハ……」
 ローゼルが何かを言いかけた時、轟音と共に地面が大きく揺れた。一行の間に緊張が走る。
「ちっ、もう見つかった!?」
 片手剣を抜きながらエリータが舌うちをした。揺れは一定間隔で起こり、徐々に大きくなってゆく。
「くそっ、どこからくる!?」
「…命の王よ、今、我に生命の流れを示せ。“火鳥の慧眼”」
 呪文を唱えたクロの目が一瞬赤く光った。クロははっと上を見上げる。
「上だよ!!」
「上ぇっ!?」
 つられて皆上を見上げる。轟音とともにパラパラと天井から土ぼこりが落ちてきた。
「まずい、みんなよけろ! つぶされるぞっ!」
 一行は全力で先に走った。揺れの間隔がどんどん短くなっていく。
 そして、ものすごい音と振動とともに天井が崩れ落ちた。土埃の中、アースドラゴンが高らかに咆哮する。
「走れっ!」
 ライハの掛け声を合図に、皆が一目散に走り出した。アースドラゴンはその巨体を遺跡の壁にぶつけながら冒険者たちを追いかけてくる。
「まずいな、早く出口を見つけないと……」
「パッと見た山の形からして、そろそろあってもおかしくないわよ」
 走りながらエリータは素早くあたりを見回した。一足先を走っていたアニスが先を指さす。
「あそこっ、階段になってる!」
 階段の上から光が漏れていた。どうやらあそこが出口らしい。
 一行がもう少しで出口にたどり着くという時、アースドラゴンが足を大きく踏み鳴らして、長い尻尾を冒険者たちに向けてはなってきた。咄嗟に衝突は避けたが、出口への道をふさがれてしまう。
「畜生、ここまできてっ…!」
 ライハが悔しげに吐き出した。エリータが片手剣を構えてライハの隣に並ぶ。
「仕方ないわ。勝ち目なんてないんだから、なんとか隙をついて逃げだすわよ」
「そうだな。ファル、神聖術でサポート頼む。ローゼルとクロは魔術で隙をついてサポートなり攻撃なりしてくれ。アニスは隙が出来たら先に行って出口の確認をしてくれ、いいな?」
 ライハの指示に全員がうなづいた。アースドラゴンは炯々と光る金の瞳で冒険者たちをなめまわすように見つめている。
「それじゃ……行くぜ!」
 掛け声と同時にライハは地を強く蹴った。一気にアースドラゴンに詰め寄って、大剣を振り下ろす。アースドラゴンはそれを硬いうろこに覆われた右腕ではじき返した。その隙にエリータがアースドラゴンの懐に潜り込んで剣を振り上げるが、首を振ってはじかれる。さらにライハが重ねておどりかかるが、なかなか剣は皮膚まで届かない。
「大地を這う熱きものよ。今、その内なる力を我が前に示せ。“蜥蜴の息吹”!」
 ローゼルが詠唱と共にサファイアロッドを振る。その先から炎の玉が飛びだして、アースドラゴンの横顔を打った。アースドラゴンが悲痛な鳴き声を上げながら、何度も地を踏む。波打った尻尾の隙間からアニスが出口に向かって飛び出した。
 追い討ちをかけるようにライハとエリータが剣で損傷した部分を切りつける。ファルが聖杖を小さくかかげて神言を唱えた。ライハとエリータの身体が神聖術の効果で軽くなる。
「出口に罠が張ってある! 解除するまで持ちこたえて!」
 階段の上からアニスが大声で告げた。返事をしようとしたライハに向けて、アースドラゴンが腕を振り下ろす。ライハは横っ跳びにそれをかわすと、一度距離を取って、またアースドラゴンに詰め寄った。
「うわっ!」
 横から殴りつけてきたアースドラゴンの右腕を剣で受け止めて、エリータが後ろに吹っ飛ばされた。一瞬気を取られたライハの左腕を、アースドラゴンの爪がかする。
「ちっ…」
「空を舞う炎の蝶よ、今、我にその舞を示せ。“火蝶円舞”!」
 ライハが引いた間を埋めるように、ローゼルの放つ火の円盤が四方八方からアースドラゴンに飛びかかる。しかし、アースドラゴンは腕を振ってその炎をすべてかき消してしまった。
「アニス、まだか!」
「もう少し!」
 ライハが大剣を投げ捨てて右手で刀を抜きながら怒鳴ると、アニスの焦るような答えが返ってきた。片手で器用に刀を操りながら、ライハは横目でエリータが起き上がったのを確認した。
 アースドラゴンはその巨体を震わせながら、ライハやエリータの剣をはじき、地が轟くような咆哮を上げる。
「いい加減……キツいぜっ!」
「クロ、サポート!」
 剣士二人に促されて、クロは慌てて木の杖に意識を集中した。
「地の底に住まう孤独な蛇よ、今、我にその姿を示せ。“大蛇の胎動”!」
 剣士二人が引いたタイミングで、クロが木の杖を地にとんとついた。瞬間、大きな揺れと共に床が裂け、アースドラゴンの足元で地面が破裂する。
 アースドラゴンが張り裂けるような鳴き声でたたらを踏んだ。
 しかし、アースドラゴンの動きが止まっても揺れは収まらない。冒険者たちが不審に思って一瞬動きを止めた瞬間、アースドラゴンの頭上が崩れ落ちた。次々と降ってくる土や岩に、アースドラゴンは断末魔の鳴き声と共に押しつぶされ、見えなくなった。
 一瞬の出来事に、冒険者たちは呆然と顔を見合わせた。静かになった洞窟内で、ライハが呆気に取られたままぽつりと尋ねる。
「……倒した?」
 クロが再び呪文を唱え、赤く光った瞳で土砂の山を見る。
「……生命反応は、ない」
「ほんとに?」
「この術は、障害物の奥の生命反応も見えるから」
 クロが目を閉じてまた開けると、元の黒い瞳に戻っていた。何となく皆気抜けしたように笑っていると、また地面が小刻みに揺れ始める。
「あ、あれ……倒したんだよ……な?」
「いや、これは……本物の土砂崩れです!!」
 青ざめた顔でファルが叫ぶ。
「み、皆、出口にいそげぇぇぇぇぇっ!!!」
 ライハが怒鳴るや否や、すさまじい音と揺れが彼らを襲った。皆出口に向かって全力で走る。
 その時、振動に足を取られてローゼルが地面に倒れ込んだ。
「きゃっ!」
「ローゼル!」
 それに気づいたライハは、ローゼルの体を素早く抱え上げた。次々と崩れ落ちてくる天井に追われながら階段を上り、ライハは地面を思い切りけって外に飛び出す。
 瞬間、出口が音を立てて崩れ落ちた。土砂に埋もれた遺跡の入口を茫然と見つめて、ライハが口の端をひきつらせる。
「は、はは……危なかったな……大丈夫か?」
 乾いたように笑ってから、ライハは抱えたままのローゼルに尋ねた。ローゼルはふいっとそっぽを向いて、つっけんどんに答える。
「……も、問題ありません」
 そう言って立ち上がったローゼルの眉がきゅっと寄ったのを見て、ライハは首をかしげた。
「本当か? どっか痛めたんだろ。ファル」
「分かってます。どうやら足を捻ったみたいですね。この程度ならなんとかなります」
 そう言ってファルが神呪を唱える。ローゼルは何となく居心地悪そうに視線をさまよわせた。
「はい、終わりました。もう大丈夫ですか?」
 にこやかに尋ねたファルに、ローゼルはこくりとうなづいた。それを眺めていたエリータが、くぅっと伸びをする。
「さぁて、さっさと白鹿亭に帰って、やっすいエールで乾杯しましょ!」
「エリータ、また飲むの……?」
 意気揚々としているエリータの横で、クロが呆れたように尋ねた。エリータはさも当り前のようにもちろん、と言って、他のメンバーをうながす。
「ほら、行くわよー。今日の夜にはラルードに着きたいんだから」
「確かに、野宿は勘弁だわね……」
 アニスの言葉にローゼルもこくりとうなづいた。
「もう、帰ったら親父さんに文句いってやるんだから」
「アニス、マスターのせいじゃないですよ……」
「いーや、親父さんが悪いのよ! ねぇ、エリータ」
「あはは、そういうことでいいわね」
 喋りながらぞろぞろと歩き始めたエリータたちの少し後ろをライハが歩いていると、歩調を緩めたローゼルが隣に並んだ。
「足、大丈夫か?」
 喋らないローゼルにライハが尋ねると、ローゼルはこくりとうなずいた。
「ファルのおかげでもう平気です。あの、ライハ……」
「ん?」
「……ありがとうございました」
 小声で、しかしはっきりとそう言うと、ローゼルはパタパタと先を行くアニスの隣まで駆けていった。ライハはきょとんとして後姿を見ていたが、ふっと苦笑交じりに笑みを漏らした。

<side-A 戻る side-C>

Copyrights © 2004-2019 Kazameigetsu. All Right Reserved.
E-mail:ventose_aru@hotmail.co.jp
inserted by FC2 system