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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜乙女の涙は慈悲深く side-A□

「んあーっ、やっと終わったー!」
 多くの人が行き交う煉瓦道を歩きながら、アニス・エアードがくうっと背筋を伸ばした。彼女の後ろを歩いていたローゼル・フェルクラウトも、無事依頼を達成した安堵からひとつ、静かに息をついた。
 交易都市ラルードから東に約七日間の距離にある都市、イーストビギンズ。<西の始まり>という名で呼ばれるこの都市は、その名の通り、大陸の西部と中央部をつなぐ中継地点として有名だ。ラルードの宿【白鹿亭(はっかてい)】に所属する冒険者<ルト>のパーティ【蒼空の雫】は、現在依頼を終えて、イーストビギンズの西通りを歩いているところだった。
「それにしても変わった人だよねぇ、ウェイクフィールドって」
 頭の後ろで手を組んだアニスが何気ない調子でそう言った。依頼人の名を呼び捨てにしたアニスの発言に、パーティのリーダーであるライハ・ウェルズが顔をしかめた。
「一応相手は貴族なんだから、お前はもう少し言葉遣いに気を使えよ…当人の目の前で口を開かないかヒヤヒヤしたぜ」
「お偉いさんに使う言葉なんて習った覚えないもーん。それにホントに変わってるじゃん。いろんな土地の植物を集めるのが趣味だなんてさ」
 今回彼らが受けた依頼の主であるウェイクフィールド氏は、世界各地の植物を収集することが趣味の貴族だった。彼らは氏の依頼で、大陸東部に自生するいくつかの植物をラルードの商隊から受け取り、七日間かけてこの都市まで運んできたのだった。
「貴族って暇だから、そうやってなにか趣味を見つけないと生きていけないのよねぇ」
 アニスに乗じてエリータ・メイルートまで依頼主を皮肉り出したので、それをフォローするようにファル・ルイス・フェルナータが口を挟んだ。
「でも、植物にも色々伝説や逸話があったりしておもしろいんですよ。今回運んだ植物の中にも、夏の訪れを知らせるフェアリーが花に姿を変えたとか、悪しき蛇を退治した若者の毒を乙女の涙が癒したとか…」
「あー、悪いけど興味ないわ」
 懸命なフォローもアニスには通じず、ファルはがっくりと肩を落とした。その背を叩いて慰めながら、エリータが上機嫌に笑った。
「ま、長旅で疲れたし、今日はこの辺で宿取って休みましょ。報酬もいただいたことだし」
 仲間を気遣うような言い方だが、彼女の頭には報酬で飲むエールのことが浮かんでいるに違いない。鼻歌混じりで機嫌よく歩くエリータを見ながら、ローゼルはそっとため息をついた。エリータの酒好きには、まだ子どもであるクロすら呆れた表情を浮かべるのだった。
 ほどなくして、一行はイーストビギンズの西郊外にある【白馬の蹄亭】に宿を決めた。郊外に位置するだけあって外観は古びていたが、扉を開けた先の酒場は掃除が行き届き、小綺麗に片づけられていた。
 久しぶりに嗅いだ馴染みある料理の香りに刺激され、旅の道中簡易な食事しか取っていなかった彼らはすぐに夕食と飲み物を注文した。先に届いた飲み物を口にしてようやく人心地つき、ふと、彼らのいる酒場がやけに閑散としていることに気がついた。
「なんだか、やけに空いてるんだな」
 料理を運んできたマスターに、何気なくライハがそう尋ねた。マスターはあぁ、と呟いて、彼ら以外に人気のない酒場に視線を巡らせた。
「中央の方で大規模な魔物討伐の依頼があってな。この辺の冒険者はみんな出払っちまってるのさ」
「へぇ……」
 そりゃ大変だ、と目の前の食事に気を取られながらライハはおざなりにそう呟き、すぐさま他のメンバーと同じく食事に集中し始めた。
 そうして彼らが久しぶりのまともな食事を終え、温かなお茶で疲れを癒していた時のことだ。酒場の扉が大きな音を立てて開き、一人の少女が中に駆け込んできた。
「たっ、助けてください!」


挿絵(絵師:彩名深琴様)

 齢はライハと同じくらいか、少し上だろうか。茶色の髪を三つ編みにし、青い瞳は不安げに揺らいでいる。色の白い顔にはそばかすが浮いていた。服は少し古びていたが清潔で、裕福ではないがスラムに住むよりはまともな暮らしをしているだろうと、ローゼルは彼女を観察しながら当たりをつけた。
「お願いします、冒険者を紹介してください…! 弟が…」
「悪いが、うちの<冒険者(トリ)>は出払ってんだ。よそに行ってくんな」
「そうやって何件も断られたんです! お願いします、どうか腕の立つ方を紹介してください…!」
 頭を下げたまま一向に動かない少女に、酒場のマスターは困り果てた様子で頬をかいた。
「あら、冒険者ならここにいるじゃない」
 場の沈黙を破ってそう声をかけたのは、パーティいちのお節介焼きであるエリータだ。宿の主人が咎めるのもお構いなしに、エリータは顔を上げた少女に話しかけた。
「わたしたちはラルードにある【白鹿亭】の【蒼空の雫】。わたしたちでよければ話を聴くわ」
 エリータの言葉に希望を見い出した少女の顔が輝いた。エリータの独断に、ライハが苦虫を噛みつぶしたような表情で口を挟んだ。
「エリータ、お前勝手に……」
「いいじゃない、イーストビギンズは<冒険者>不足だし、わたしたちは依頼を終えてフリーだもの。ラルードに帰る前に寄り道したって大して変わらないわよ」
 ニッと大胆不敵に笑ったエリータの有無を言わせない顔に、ライハは早々に諦めて諸手をあげた。


「私の弟が…魔物にさらわれたんです」
 椅子に座って出された飲み物をひと口飲んでから、少女は事の顛末を一行に話し始めた。
「西郊外の川のほとりに、弟と花を摘みに行ったんです。両親はすでに他界していて、時折墓前に添えるために花を摘むのが私と弟の習慣でした」
 そして、いつも通り弟と花を摘み、一緒に暮らしている叔父の元へ帰ろうとした時だ。弟より少し先を歩いていた彼女の後ろで突風が巻き起こったかと思うと、弟が翼を持った魔物に連れ去られてしまった。
「見間違いかもしれないんですが、魔物の体に数字が刻まれているように見えました。そういう術を使う魔術師もいると、噂で聞いたことがあって……」
 そこまで話して、少女は不安のあまり口をつぐんだ。一通り話を聞き終わったエリータがふむ、と考えながら腕を組んだ。
「確かに、魔物が無目的に人をさらうなんて考えにくいわね。魔術師の線はありそうよ」
「手口が大胆すぎる。魔術師だとしても、<連盟>のやつじゃなさそうだな…」
「どうします? 弟さんをさらった目的はわかりませんが、手段が手段ですし、あまり時間がなさそうですよ」
 ファルが心配そうに眉をひそめた。彼の言うとおり、あまり時間がないのは確かだ。魔術師は無駄なことはしない。
 ライハはしばし考えてから、ちらり、と伺うようにアニスを見た。
「…<猫の集会所(キャッツラリー)>を使おう」
 ライハの決断に、アニスはあからさまに顔をしかめたのだった。

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