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■File:EX 大嫌いな雨の日に■ □side-D□

 時鳴の家は、高い石塀に囲まれた向こうにあった。門には「羽柴流剣術道場」と書かれた古めかしい木の看板がかかり、正面には道場らしき家屋が見えた。時鳴が言うには、その道場の向こうに住居用の建物があるらしい。門前にはすでに雛子の家の車が待機しており、運転手が険しい顔つきで雛子を見ていた。気にせず前を通過しようとした雛子を、時鳴が門前で押しとどめた。
「ヒナ殿、ここで大丈夫だ」
「あら、玄関までお送りしますわよ」
 雛子の申し出に、時鳴は言いにくそうな顔でちらりと道場の方を見た。
「いや、その…家が厳しいのでな」
 その言葉で、雛子は羽柴家の道場が女人禁制だったことを思い出した。確かに、自分と並んで歩いているところを見られては大変なことになりそうだ。
 ではせめて傘を、と傘を差し出すと、時鳴はこれもやんわりと断った。
「稽古の前に風呂に行くから平気だ。ヒナ殿こそ、濡れて風邪を引くと困る」
 どちらにせよ雛子も、帰宅したらパーティの準備で一度風呂に入るのだが、時鳴の気遣いが嬉しかったので黙ってうなづいた。
「今日はすまなかったな。また、明日」
「えぇ、また部活でね」
 時鳴が家に走っていく姿を見届けてから、雛子は傘を畳んで待たせていた車に乗り込んだ。
「お嬢様、こういった行動は慎んでいただかないと…」
「小言は後で結構。出してちょうだい」
 乗り込むなり雛子を諌めようとした運転手をさえぎって、雛子は命令した。運転手は不満そうに黙り込んだが、言われたとおりに車を出した。
 走る車の窓から雨の外を眺めながら、雛子は今日の短かった雨の中を思い出す。
 やっぱり、雨の日なんて大嫌いだ。服は濡れるし、傘を差すのも面倒くさい。だけど。
「……たまには、こういう日も悪くないですわね」
 運転手に聞こえないようにぽつりと呟いて、雛子は柔らかい笑みを浮かべたのだった。

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