■当らない占い師 シナリオ1〜母と薬〜■ □side-F□
とある珍しい侵入者のせいで、ドクター・ホワイトチャックの診療所は騒然としていた。
その侵入者の一人である俺は、猫の姿で患者たちの足元を駆け抜けていく。
そして、もう一人の侵入者であるおばさんは、どたどたと足音をたてながら、なりふりかまわずに俺を追って来ていた。
俺は必死で逃げながら、部屋を探していた。おばさんがどんどん追いついてくる。まずい。
必死で廊下を見回すと、俺の目に目当ての字が飛び込んできた。『診察室』。
俺はためらわずにその部屋に飛び込んだ。患者を診察していた白衣の人物が、俺に気づいて眉を寄せる。
「ん? 猫じゃないか。なんでこんなところに」
俺は構わずに中へ駆け入る。ホワイトチャック先生が入ってくるんじゃないと俺を追い払おうとするが、俺を見て、何かに気づいた。
「この猫何かくわえてるぞ」
ビンゴ! 俺はホワイトチャック先生の足元に薬を落として、そのまま窓から外へと飛び出した。
「あ、こら待て! …すばしっこい猫だな…」
つぶやいて、ホワイトチャック先生は床にしゃがんで、俺が落としたぼろぼろの袋を拾った。
「これは薬か?」
その中に入っていた薬を見て、ホワイトチャック先生は大声を上げた。
「カビてるじゃないか! こんな薬を使うやつがどこに……」
そう言いかけた時、診察室にもはっきりとあのおばさんの声が聞こえた。
「だれか猫捕まえて〜!」
そして、診察室の扉がものすごい勢いで開いた。
息を切らしたおばさんは、いきなり飛び込んできて驚くホワイトチャック先生に、息を整えながら尋ねた。
「はぁ、はぁ…ここに猫が来ませんでしたか?」
突然の進入者にも関わらず、ホワイトチャック先生は眉をしかめて律儀に答える。
「あぁ、来たよ。こんなものを置いていきよった。まったく、どういうつもりなのか……」
「あぁ〜〜ッ!!」
薬を見せながら言いかけたホワイトチャック先生に、おばさんは大声をあげて詰め寄った。
「それです、それ!! よかった〜、やっと取り戻せたわ……」
ホワイトチャック先生の手から薬を奪い取って安堵の息をついたおばさんに、ホワイトチャックは怪訝な視線を向ける。
「そんなものを一体何に使うのかね?」
おばさんはすっかり安心しきったのか、大事そうに薬を手に持って、その質問に眉を寄せた。
「もちろん、病気を治すのに使うんですよ。薬なんだから当たり前じゃないですか」
そう言い切って、おばさんはホワイトチャック先生を改めて見た。
「あなた、お医者様?」
「えぇ、そうですが」
うなづいたホワイトチャック先生に、おばさんはふふんと鼻をならして胸を張った。
「それじゃあ教えてあげますわ。この薬は風邪に効くのに有名な……」
そこでタメ。
「…『カゼカゼエース・スーパーデラックス・ネオ』よ!!」
「そりゃカビてて使えませんよ」
冷静なホワイトチャック先生の指摘に、おばさんは一瞬固まった。
「……え?」
呟いて、視線を薬に落とす。
白かったはずの薬は、妙に緑がかっていた。
「カビ…てる…?」
おばさんは力なく呟き、手を緩めた。薬がぱさりと音を立てて床に落ちる。そして自身もへなりと床に座り込んだ。
「あらまぁ、どうしましょう…息子の病気が治らないのは、もしかして……」
やっと気づいたか。俺はほっと胸を撫で下ろしかける。
「薬を牛乳で飲ませていたからかしら?」
そうくるか。
いきなりのボケに俺はおろか、ホワイトチャック先生や傍観していた患者までがずっこけた。
その様子に、おばさんは自嘲気味な笑いをこぼした。
「冗談ですわ。この薬のせいなのね……あぁ、なんてかわいそうなチャイル……」
はらはらと涙をこぼすおばさんに、ホワイトチャック先生は咳払いをして、憂いを含んだ眼差しでおばさんを見た。
「あなたの家にはこんな薬しかないのですか?」
「えぇ、貧乏ですから」
おばさんはそう言って、鼻をすすった。すすり泣く母親の姿に、ホワイトチャック先生は表情をやわらげ、深く息をつく。
「仕方ないですねぇ。私が新しいのを差し上げましょう」
その言葉におばさんは呆然と顔を上げた。
「え、本当ですか?」
目をぱちくりとさせるおばさんに、ホワイトチャック先生はにっこりと優しい笑みを見せた。
「えぇ。ただし、今度からは気をつけてくださいよ」
おばさんの顔がぱぁっと明るくなった。
「ありがとうございます、先生。これでチャイルの病気もよくなります!」
おばさんはホワイトチャック先生の手をにぎり、何度も何度も頭を下げている。
よし、これでおばさんの息子も死ななくて済むだろう。
「上手くいったみたいだな」
良かった。
俺は一人呟いて、穏やかな気分で病院に背を向けた。
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