■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜朝焼けの祝福 side-B□
ファルが教会の手伝いを終えたときには、すでに日が傾き始めていた。仕事を終え帰途に着く人々でごった返す南北大通りを歩きながら、ファルは昼間のアニスの様子を思い返していた。
短剣をじっと見つめていたアニスの表情は、出会ったばかりの頃のようだった。押し殺した心の中に、悲しみと絶望を抱えているような表情。最近はそんな顔をすることも減ったように見えたが、イーストビギンズで<鷹狩(ホーキング)>と呼ばれていたあの短剣は、過去のつらいなにかを思い出させるのかもしれない。アニスの過去はほとんど語られたことがないから、ファルの勝手な想像でしかないが。
想像が悪い方向に傾きかけたが、左手に持った手みやげを思い出して思わず顔をほころばせた。出会ったばかりの頃に比べて、アニスは笑ったりふくれたり、表情豊かになった。みやげをねだるぐらいのちょっとしたわがままも可愛いものだ。昔つらいことがあったとしても、今が楽しければそれはいいことに違いない。
そんなことを考えていたら、雑踏の中に見慣れた夕暮れ色の髪を見つけた。心が弾み、上擦った声で名前を呼ぶ。
「アニス!」
呼び声に振り返ったアニスは、ファルが予想していたのとは違い、一瞬戸惑ったように表情を曇らせた。
「ファル……」
自分を呼ぶ声はか細く、今にも消えてしまいそうだ。不安が再び首をもたげ、ファルは足早にアニスに歩み寄った。
「どうかしたのですか? 顔色があまりよくないですよ」
アニスは逡巡するように視線を泳がせ、唇を固く引き結んだ。人前では言い出しにくいことなのかもしれない。
「とりあえず、白鹿亭に戻りましょう。少し休んだ方が――」
「ファル」
アニスの手を引き歩きだそうとしたが、自分を呼ぶ声が真剣で思わず足を止めた。振り返ったファルの手をそっとほどいて、アニスはファルをまっすぐ見つめて淡々と告げた。
「あたし、パーティ抜けるわ」
予想だにしなかったその言葉に、ファルの思考が一瞬停止する。その隙にアニスはファルに向かってなにかを放り投げた。反射的に受け取ったそれは、革紐のペンダントのような、鉄のコインに羽のレリーフが刻まれたもの――自らが<鳥>であることを示す大切な<証>だ。
「みんなにも伝えといて。んじゃね」
「ちょ、ちょっと待ってください、アニス……アニス!」
我に返ったファルが顔を上げたときには、アニスはもう人混みにまぎれて消えてしまったあとだった。
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