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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜朝焼けの祝福 side-C□

「アニスが抜けるだあ?」
 降って湧いたような話に、<蒼空の雫>のリーダーであるライハ・ウェルズが素っ頓狂な声を上げた。いつもは快活なエリータ・メイルートも、ショックを隠しきれず呆然と呟いた。
「なんでそんな突然……わたしたちになにも言わないで」
「人にはそれぞれ事情がある。深入りしないのが<鳥>のルールだ。なにか理由があったんだろうよ」
 カウンターの奥で、グリードがグラスを磨きながら一行を諭した。しかしそれで納得できる彼らではなく、集まったテーブルには重たい空気が立ちこめていた。
「……ファル、あいつと初めて会ったときのこと、覚えてるか?」
 ライハの問いに、ファルはうなづいた。ちょうど二年ほど前だったろうか。そのときのことは今でも鮮明に覚えている。
「そういえば、あなたたちが一番最初にアニスに会ったのよね。なにか関係がありそうなの?」
 身を乗り出して尋ねたエリータに、ファルは複雑な表情でライハと顔を見合わせた。
「正直、関係があるかはわかりません。ただ、あのときのアニスは、なにかから逃げてきたようでした」
「逃げてきたって……いったい、なにから?」
 今まで黙って話を聞いていた魔術師、ローゼル・フェルクラウトの問いに、ファルは力なく首を振るしかなかった。
「わかりません……あの頃のアニスは、今とは比べようもないほど心を閉ざしていました。会う以前の話はほとんどしなかったので……」
 しなかった、というよりも、したがらなかったという方が正しい。そこにはきっと、アニスが向き合いたくないなにかがあるに違いなかった。ファルもライハも、話したくないことを無理に聞き出すタイプではない。過去の話をしなくたってアニスのことを信頼していたし、アニスも信頼を寄せてくれるようになってきていた、と、ファルは思う。それなのに、なぜ、今。
 ファルは手に持っていたアニスの<証>を見つめながら、なにか手がかりはないか必死に考えた。ふと、昼間交わした彼女との会話が脳裏によみがえる。
「<鷹狩(ホーキング)>……」
 思わず呟きが漏れた。エリータが不思議そうな面持ちで小首をかしげる。
「<鷹狩>?」
「アニスの短剣の名前です。父親の形見だと……」
「ほっ、<鷹狩>だって!?」
 声と同時にファルの背後で、ガタガタン! となにかが倒れたような音がした。なにごとかと振り返れば、宿の先輩冒険者であるキジェ・メルトが、椅子から転げ落ちたまま呆然と<蒼空の雫>を見上げていた。
 歳はファルと同じ、二十と少しぐらいだろう。綺麗な金色の髪は猫っ毛でところどころはねており、派手な色のバンダナを巻いている。整った顔立ちだが、今は驚きに青い瞳が見開かれていた。


挿絵(絵師:彩名深琴様)

「なにか知ってるのか?」
 ライハが問うと、キジェは別の丸テーブルに集っていた仲間に断ってから、ガタガタと音を立てて椅子ごと<蒼空の雫>の輪に加わった。
「知ってるもなにも、<猫>の間じゃ知らん奴はいねえよ。しかしアニスが……まさかなぁ」
 首をひねりながらぶつぶつ呟いているキジェを、エリータがもどかしげに肘でこづいた。
「もったいぶらないで教えな。その<鷹狩>ってなにかあるの?」
「あるっつーか……俺の口から喋っていいのかなぁこれ……」
 困ったように頭を掻いて視線を泳がせたキジェに、ファルは深々と頭を下げた。
「お願いしますキジェさん。今は少しでも手がかりが欲しいんです」
 他の仲間も、期待のこもった目でキジェを見つめた。普段あまり頼みごとをしないクロまでも、くいくいとキジェの袖を引っ張ってじっと彼の顔を見上げている。ためらっていたキジェはクロの一押しでようやく決心し、彼らを手招きして丸テーブルの中心に顔を寄せると、声をひそめて話し始めた。
「お前ら、<ジャガーの牙>って知ってるか?」
 キジェの言葉に、ライハとエリータが反応を見せた。
「なんか、どっかで聞いたな……」
「確か、暗殺専門の集団じゃなかった? 詳しい話はわたしも覚えてないけど」
 キジェはうなづいて、先を続けた。
「<猫>の間じゃ有名だ。カネになる暗殺の依頼がありゃ、大陸のどこにでも行く。拠点や詳細なメンバー構成は不明。そんでもって更にすげぇのが、暗殺依頼の失敗がほとんどないってことだ」
「ほとんど?」
「そこはライハの方がよく知ってんじゃねぇか?」
 そう言われて思い当たるのはひとつしかない。
 ライハだけでなく、おそらくその場の全員が瞬時に悟った。
「父さんと母さん、だな」
「そう。<氷の魔剣>ヤンダ・ウェルズと<冷酷の女王(クルークイーン)>レイア・ルー・フィアーナがあいつらの邪魔をしたってわけだ。ま、二人も依頼人を守るのに精一杯で暗殺者は取り逃がしたらしいけどな。この<ジャガーの牙>の一員って話だったのが、通称<鷹>と呼ばれていたメンバーだ」
 話が少しずつ見えてきた。一行は黙ったまま、キジェの言葉の続きを待った。
「<鷹>が使ってた短剣が、<鷹狩>。鷹のように素早く奇襲し、獲物の首を狩る」
「その<鷹>が……アニスだと?」
「そうだとも言えるし、そうじゃないとも言える。<鷹>の噂は二度、聞こえなくなった時期があるんだよな。<鷹狩>が親父さんの形見ってことは、多分親父さんが十七年前に消えた最初の<鷹>だろう。その後数年もしないうちに<鷹>は戻ってくるんだが、二年前、また<鷹>は忽然と姿を消した」
「二年前……私たちがアニスに出会った時期と一致しますね」
 ファルはそっと目を伏せた。二度目の<鷹>がアニスかはともかく、<ジャガーの牙>となんらかの関係があるのは間違いない。普段見せていた笑顔の裏に、彼女は一体どれだけのものを抱えていたのだろうか。
 心を痛めるファルとは正反対に、緊張をほどいたキジェが椅子の背もたれに寄りかかりながら頭の後ろで手を組んだ。
「ま、今回のことに<ジャガーの牙>が絡んでんのはほぼ間違いねーだろ。あいつらが狙いそうなターゲットもいるしな」
 キジェの言葉にきょとんとした一行の中で、ファルだけが気づいた。教会に逗留している遠方からの要人。
「<東の賢者>!」
「正解。今回の<賢者>の訪問をよく思わない貴族や教会派閥もいる。そいつらが<ジャガーの牙>に大金を積む価値が、<賢者>には十分あるからな」
 キジェの話が終わるやいなや、ライハが椅子を引いて立ち上がった。椅子の背もたれにかけていたオレンジ色のジャケットをはおりながら、ファルに尋ねる。
「ファル、<東の賢者>には会えるのか?」
「教会に話を通せばおそらく……信用してもらえれば」
「とにかく、行って話をするしかないわね。急ぎましょ」
「ありがとうございました、キジェ!」
 各々の得物を手に、<蒼空の雫>はばたばたと宿を出て行った。樫の杖を手に仲間を追いかけ正面扉をくぐったファルの背に、キジェの独り言のような呟きがかすかに届いた。
「死ぬなよ、<蒼空>」

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