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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜朝焼けの祝福 side-D□

 ラルードに夜の帳が降りた。彼女は音もなく窓の鍵を開けると、するりと部屋の中にすべり込んだ。教会の客間らしい落ち着いた調度の部屋は広く、壁にかけられた燭台の明かりは心もとない。キャビネットの隙間に出来た影に身を潜めながら、彼女は息を殺し、気配を殺し、自分を殺した。
 部屋の奥では、ひとりの壮年男性がライティングビューロに向かいながら、手燭の明かりを頼りに本をめくっていた。読書に集中しているようで、彼女の侵入に気づいた形跡は少しもない。
 影から出た彼女は足音ひとつ立てず、そろり、と男に近づいた。あと少し。背中に留めた短剣に手を伸ばし、その柄に触れた。
「パパ、まだ起きてる?」
 遠慮がちな声と共に、部屋のドアが開かれた。まだ幼い少女がドアの隙間から伺うように顔を覗かせて、男はドアの方を振り返った。
「起きてるよ、アンナ……おや?」
 彼は、キイ、キイ、と音を立てて揺れる窓に不思議そうな顔をしたが、駆け寄ってきた娘を抱きかかえてからは、それ以上窓のことは気にしていないようだった。
 屋根の下で交わされる他愛もない親子の会話を聞きながら、屋根のへりに腰かけた彼女は足をぶらつかせていた。使いそびれてしまった短剣を、手の中でくるくるもてあそぶ。


挿絵(絵師:彩名深琴様)

「なにやってんだぁ、<鷹>」
 出し抜けに声をかけられて、彼女――<鷹>はびくりと体を強ばらせた。男は昏い笑みを浮かべながら、彼女の背後に歩み寄ってくる。
「らしくねぇなぁ……昔のテメーならアレも一緒に殺ってたじゃねぇか」
 男の言葉に反発心が芽生えたが、彼女はぐっと言葉を飲み込んでこらえた。男の言うとおり、昔の自分だったらターゲットだけでなく、目撃者の娘もためらうことなく殺していただろう。でも、今は。
「わかってんだろうなぁ。テメーが殺らなきゃ、誰が死ぬのか」
 そんなこと、言われるまでもない。だから自分は<鳥>をやめたのだ。仲間たち――いや、パーティを抜けた今、自分はもう仲間ではない。だが、彼らを守らなくては。
 静かな決意を胸に灯して、<鷹>は短剣を強く握りしめた。
「わかってる。今夜中に殺るよ、<ジャガー>」
 男の顔をまっすぐに見つめ、彼女は父の形見である短剣をカチリと背中の鞘に収めた。

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