■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜朝焼けの祝福 side-D□
ラルードに夜の帳が降りた。彼女は音もなく窓の鍵を開けると、するりと部屋の中にすべり込んだ。教会の客間らしい落ち着いた調度の部屋は広く、壁にかけられた燭台の明かりは心もとない。キャビネットの隙間に出来た影に身を潜めながら、彼女は息を殺し、気配を殺し、自分を殺した。
部屋の奥では、ひとりの壮年男性がライティングビューロに向かいながら、手燭の明かりを頼りに本をめくっていた。読書に集中しているようで、彼女の侵入に気づいた形跡は少しもない。
影から出た彼女は足音ひとつ立てず、そろり、と男に近づいた。あと少し。背中に留めた短剣に手を伸ばし、その柄に触れた。
「パパ、まだ起きてる?」
遠慮がちな声と共に、部屋のドアが開かれた。まだ幼い少女がドアの隙間から伺うように顔を覗かせて、男はドアの方を振り返った。
「起きてるよ、アンナ……おや?」
彼は、キイ、キイ、と音を立てて揺れる窓に不思議そうな顔をしたが、駆け寄ってきた娘を抱きかかえてからは、それ以上窓のことは気にしていないようだった。
屋根の下で交わされる他愛もない親子の会話を聞きながら、屋根のへりに腰かけた彼女は足をぶらつかせていた。使いそびれてしまった短剣を、手の中でくるくるもてあそぶ。
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