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■白鹿亭冒険記譚■ □白鹿亭小話〜聖クライス祭の夜に side-C□

 カランコロン、というカウベルの音が、アングレー雑貨店に鳴り響いた。
「いらっしゃい…あら、エリンにクロ。久しぶりね」
 カウンターの奥に座っていた店主の妻、セリア・アングレーが入ってきた二人に笑顔で声をかけた。娘さんは少し照れ気味に、セリアに会釈する。
「こんにちは、セリアさん。この間注文しておいたもの、もう入ってます?」
「えぇ、確か入ってるはずよ。ちょっと待ってね。あなたー!」
 セリアがドアの奥に呼びかけると、ばたばたという足音と共に一人の男性がドアから顔をのぞかせた。
「どうした?」
「白鹿亭の娘さん。こないだ注文したものを取りに来たの」
「お、そうか。やぁ、娘さん。こっちだ、ついておいで」
 店主、ダイ・アングレーに手招きされて、娘さんは店の奥へと入って行った。クロは何気なく店内に残って、ぼんやりと商品を眺めている。
「クロも久しぶり。元気にしてた?」
 カウンターから出てきたセリアに、クロはこくりとうなづいた。
「そう、よかった。他の子たちも元気にしてるんでしょうね。ファルはたまに寄ってくれるんだけれど」
 ライハなんかは全然ねぇ、とセリアが笑った。ライハは、セリアが両親と知り合いなので少し会うのが気まずいのだ。
「レイアやヤンダとは最近会ってる?」
 セリアの問いに、クロはうなづいて答えた。
「一週間前に一度…絵本、もらった」
「へぇ、絵本。何の絵本をもらったの?」
「サンタ・クラース」
 その答えにセリアは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻ってクロに合わせてしゃがみこんだ。
「そっか。クロはサンタ・クラースに何をもらえるのかしら。楽しみね」
 すると、クロの無表情が軽くこわばった。セリアは不思議に思って、クロの頭を優しく撫でる。
「どうしたの、クロ。何かあるなら、セリアさんにこっそり言ってごらん?」
 クロは黙っていた。セリアはクロの顔を覗き込みながら、同じように黙って、クロの頭を優しく撫で続ける。
 クロはセリアから目をそらして、ぽつりとつぶやいた。
「…もらえないよ」
「ん?」
「きっともらえない。サンタ・クラースなんてこない」
 クロの言葉に、セリアはびっくりして思わず聞いた。
「どうして?」
「だって……いい子じゃないから」
 気まずそうに視線をそらして肩を落とすクロ。セリアはその答えに驚いたが、やさしく微笑んでクロの肩に手を置いた。
「どうして、クロはそう思うの?」
 クロはためらいながら、ぽつぽつと小さな声で答えた。
「だって……ライハ達にいっつも迷惑、かけてるし……魔術、失敗するし……レイアさんやヤンダさんにも、いっぱい心配かけてるし……全然、いい子じゃない」
 本気でそう思っているクロに、セリアは苦笑した。クロは優しすぎる。どれだけ、周りのみんなに想われているかも知らないで。
 セリアはそっとクロを抱き寄せた。戸惑うクロの頭をゆっくりと撫でる。
「少なくとも私はそう思わないわ、クロ」
 そして、他のみんなもそう思っていないはず。
 びっくりしているクロをそっと放して、セリアは立ち上がった。
「サンタ・クラースじゃないけれど、私からクロにこれをあげるわ」
 そう言いながら、セリアは売り物だったクッキーの袋を一つ手に取って、クロに渡した。
「売り物でごめんなさいね。でも、私からのささやかなプレゼントよ」
 クロは驚いた顔でセリアを見つめていたが、嬉しさで上気した顔をうつむけた。
「…ありがとう、セリアさん」
「どういたしまして、クロ。素敵な聖夜を」


 その日、【蒼空の雫】の面々は、珍しく早いうちにみんながベッドにもぐりこんだ。
 しばらくして、むくりと一つ小柄な影がベッドから身を起こした。
 クロは寝ぼけ眼をこすると、何を思ったか窓とドアを見つめて、それぞれに小さな声で呪文を唱えて術をかけた。
 クロは一つうなづくと、安心した様子で再びベッドにもぐりこんだのだった。

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