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■Episode-Halloween at 2011■ □side-C□

 たどり着いた依頼先は、昭和の香りが漂う古びたおもちゃ屋だった。一階部分が店舗で、二階は住居となっているらしい。汚れて曇ったガラス戸の向こうには、低い棚に並べられた一昔前のおもちゃたちがうすぼんやりと見えていた。掲げられた鉄の看板はすっかり錆ついて、文字を読み取るのも困難なほどだ。
 店舗の方に顔を出すべきか、横の階段を上がって住居の方に向かうべきか流琉は迷った。とりあえず店舗の方に入ろうと流琉が引き戸に手をかけたとき、後ろからぱたぱたとスリッパで駆けてくる音が聞こえた。
「あらあらあらごめんなさいねぇ、もうおもちゃ屋はやめちゃったのよ」
 女性の声に振り返ると、エプロンにスリッパをつっかけた初老の女性が流琉とヴィニを申し訳なさそうに見ていた。買い物帰りらしく、手には野菜や果物が入ったラタンの籠を持っていた。
「……相川さん、ですか?」
 流琉が尋ねると、女性は答える代わりに首をかしげて流琉に問い返した。
「あら、どちらかでお会いしたかしら……」
「修理屋『セレナイト』です」
 修理屋と聞いて思い出したのか、依頼人の女性、相川はぽんと胸の前で手を叩いて顔を輝かせた。
「あぁ、雨漏りの! あらやだごめんなさいねぇ、こんなにお若い方だと思ってなかったから……お子さんも連れてらっしゃるし」
「俺はバイトで……ヴィニは、その」
「ちーちゃんのご命令ですー」
 ヴィニの言葉に相川が首をかしげたので、流琉は慌てて補足した。
「えっと、オーナーから預かっていて、すみません」
「あらそう、オーナーさんの…可愛いわねぇ。ヴィニちゃんていうのね」
 相川はしわだらけの顔でくしゃりとほほ笑んで、ヴィニの頭を親しげになでた。ヴィニは気持ちよさそうににこにこと相川を見上げていた。
「とりあえず立ち話もなんだから、中へどうぞ。雨漏りの箇所も確認してほしいし」
 一階店舗の鍵を開けて、相川は二人を中へと招き入れた。埃っぽい店内には、まだ封が開けられていない箱入りのおもちゃや、見本に展示されていた小さなおもちゃがそのまま置かれていた。
「ちょうど、五年前の今頃に主人が亡くなって。わたしは分からないから、そのままお店はやめてしまったのよねぇ」
 流琉が物珍しい気持ちで店内のおもちゃを眺めていると、相川は笑顔にわずかの寂しさをにじませて、展示してあるおもちゃを手に取った。
「ほら、見て。これなんて今の季節にぴったりでしょう?」
 小さな老婦人が見せてくれたのは、かぼちゃの魔法使いやおばけの手乗り人形だった。電動らしく、背中の小さなスイッチを入れると、おもちゃは勝手にジージー音を立てて机の上をくるくると回った。ヴィニが目を輝かせながら、机に駆けよって楽しそうにぴょんぴょん跳ねた。
「おぉぉー、まほうだ!」
「うふふ。あの頃もヴィニちゃんみたいに、子供たちが楽しそうにこれを見ていたっけねぇ。懐かしいわ」
 すっかりおもちゃを気に入ったらしいヴィニを相川はしばらく微笑ましげに眺めていた。その瞳はどこか遠くを見ているようにも見え、流琉はどう声をかけたらいいものかと迷った。夫人はそんな流琉の様子に気付いたのか、口元に手を当てて恥ずかしそうに笑った。
「あらあら、ごめんなさい。そんなことよりお仕事よね。雨漏りの場所はこっちよ」
 案内してもらった先で軽く状態を確認してから、流琉は書類を取りだして相川に差し出した。
「では、作業なんですが……」
 流琉は一通り作業の流れや決まりごと、料金について説明し、相川は細かくうなづきながらそれを聞いていた。修理箇所の確認が済んだところで、流琉はさっそくストップウォッチを相川に渡すと、作業道具を手に、まずは屋根から修理をしようと外に向かおうとした。その手を引いて引きとめたのはヴィニだ。
「シンルー、ヴィニも!」
「危ないからダメだ」
「魔女だから! 飛べるの!」
「いや飛べないから」
 屋根の上での作業は危険だ。いつものようにヴィニが走りまわって落下でもしたらと思うと、流琉は気が気でなかった。しかしヴィニは癇癪を起こして、まるで流琉の言うことを聞こうとしなかった。
 流琉がすっかり困り果てていると、二人の間に相川が割りこんで、ヴィニに柔らかく笑いかけた。
「ヴィニちゃん、お菓子があるから、おばあちゃんと一緒に食べない?」
「おかし!」
 お菓子の言葉にヴィニはふくれっ面をすっかり撤回し、機嫌良く相川に飛びついた。あらあら、と穏やかに笑ってヴィニを抱きとめた相川に、流琉は申し訳ない気持ちで頭を下げた。
「す、すいません……」
「いいのよ、孫と遊んでいるみたいで楽しいわ。ヴィニちゃんは私が見ているから修理をよろしくね」
 優しさのにじみ出る笑顔でそう言われ、流琉はありがたくお言葉に甘えて修理に取りかかることにした。

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