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■File:5 夏の海! 旅行中のトラブルを解消せよ!■ □side-C□

 日の光に反射してきらめく砂、そして海。波間に響き渡る、楽しそうな男女の笑い声。
 それらを、明良は一人でぼうっと眺めていた。砂の上に敷いたビニールシートはほのかに温かく、燦々と降り注ぐ太陽の光は、じりじりと明良の素肌を焼くように暑い。
 トラシュー部の面々は、思うように遊び、はしゃいでいた。孝也が幸に不意打ちで海水を顔面にかけ、幸が孝也を追いかけ回す。そんな二人を見て大笑いしている結衣を見て、明良はほっとしながら、自分もつられて微笑んだ。
 孝也に二度もしてやられた幸が、ブチブチ文句を言いながら海から上がって来た。孝也と軽くやりとりをして、幸は明良の座っている方へと歩いてきた。
「よぉ」
 軽く手を上げて、幸は明良の隣にどかっと座った。
「うぇー、くっそ、タカのやつ……海水飲んじまったぜ」
「あはは、お疲れ様です。紅茶飲みますか?」
 菊子が用意してくれたクーラーボックスを開けて、明良が尋ねた。うなづいた幸に、明良はクーラーボックスから水筒を取り出すと、コップにアイスティーを注いで幸に手渡した。
 幸はその中身を一気に飲み干し溜息をつくと、お代わりを聞く明良に首を横に振って、何気なく尋ねた。
「アキは泳がないのか?」
 クーラーボックスのふたをぱたんとしめて、明良はうなづいた。
「はい、泳げないですから」
「ふーん……ちょっとでも入ればいいのに。見てるだけで楽しいか?」
 幸の言葉に、明良は少しドキッとした。
「…そこそこ、楽しいですよ」
 明良はそう答えたが、浮かべた笑顔がぎこちなくなってしまった。
 幸はまた、ふーんと気のない返事をして、明良をじっと見つめた。自分の内まで見られていそうで、明良は思わず目をそらした。
「……ま、いいけどな。気が向いたらこっち来いよ」
 そう言って再び海に戻っていった幸を見送って、明良は息をついた。
 これでいい、と明良は思った。ふと結衣に目を向けると、雛子と一緒になにやら笑い合っていた。
 そう、これでいいんだ。明良はもう一度心の中で繰り返して、そっと抱えた膝に顔をうずめた。


「なぁ、ユイ」
 結衣が一人になったのを見て、幸は結衣に声をかけた。振り向いて小首を傾げる結衣に、幸は軽い調子で尋ねた。
「アキは何で泳ごうとしないんだ?」
 すると、今まで笑っていた結衣の表情が一変した。唇は固く一文字に閉ざされ、目が大きく見開かれた。
 そんな結衣の表情を見て、幸の頭の中を軽い後悔がよぎった。
 やっぱりいい、と言おうとした幸より先に、視線を落とした結衣が、どこかかすれた声で答えた。
「きっと、格好が」
「格好?」
 眉をひそめて幸が問い返すと、結衣はゆっくりとうなずいた。
「女の格好でないと……いけないからだと思います」
「…何でアキは、そんなに男の格好にこだわるんだ?」
 その質問に、結衣は答えるのをためらうように視線をさまよわせた。
「それは……きっと、私の――」
「ユイ、サチ、何をしてるんですのー?」
 少し離れたところから、雛子が二人に呼びかけた。
 その声に結衣ははっとして、すぐにいつもの笑顔を浮かべて振り返った。
「なんでもないでーすっ! 今行きまーす!」
 結衣は元気よく雛子に手を振ると、ぎこちなく幸に目礼して駆けて行った。
 幸はいまいち腑に落ちない顔で結衣の後姿を見ていたが、やがてがしがしと頭を掻いてため息をついた。

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