kazameigetsu_sub-signboard はじめに メンバー 文章 イラスト 手仕事 放送局 交流 リンク

■File:5 夏の海! 旅行中のトラブルを解消せよ!■ □side-D□

 夕食が終わり、皆がそれぞれの寝室に落ち着いた頃。寝付けない明良はこっそりと部屋を抜け出して、夜の散歩へと繰り出した。
 潮の匂いのする風がそっと頬をなでていく。雲ひとつない空には瞬く星がちりばめられ、月は穏やかな微笑のような、柔らかな光で地を照らしていた。
 波音しか聞こえない道をゆっくりと歩いていくと、海に面した崖に辿り着いた。穏やかな波の音が心地よく、月光揺らめく海が神秘的で綺麗だった。明良はそこに腰を下ろすと、しばらくぼうっと海面を眺めていた。
 どのくらい経ってからだろうか。後ろから足音が聞こえて、明良は後ろを振り向いた。
「よっ」
「……サチ先輩!?」
 歩いてきたのは幸だった。驚いて声をあげた明良に、幸は笑いながら明良の隣まで来ると腰を下ろした。
「先輩、どうしたんですか?」
「散歩だ、散歩。そう言うお前こそ」
「散歩です」
 ふっと緊張が解けて、二人は軽く笑い合った。月明かりに照らされる海を見た幸が歓声を上げた。
「すげぇ! 昼とはまた違っていい眺めだな!」
 明良はうなづいて、しばらく二人は黙って景色を眺めた。
 そう言えば、昼間はせっかくの気遣いを無駄にしてしまった。その事を謝ろうと思って、明良はそっと口を開いた。
「あの、先ぱ……」
 その時、背後から数人の話し声が聞こえて、明良は口をつぐんだ。幸も不審げに、後方に耳を澄ませている。
「……だろうな、情報は」
「あぁ、間違いない。今日、確実にこのポイントにいる」
「護衛も付けず、な」
「いいか、こんなチャンスはめったにない。確実に仕留めるんだぞ――櫻井雛子をな」
 男が聞きなれた名前を上げたので、明良ははっとして幸を見た。幸も怪訝そうな顔で明良を見やる。
 仕留める、と男は言った。それが意図するところはたった一つだ。
 見つからないように引き返した方がいいと明良が言う前に、幸が勢いよく立ちあがった。
「おい、そこの野郎ども! オハナシがすっかり丸聞こえだぜ!」
 いきなりの幸のどなり声に、四人の男たちは色めき立った。しかし動揺はすぐに収まり、男の一人が何歩か幸と明良の方に進み出てきた。
「これはこれは……聞かれてしまったのか。情報にあった櫻井雛子の学友だな」
「だったら何だっていうんだよ」
 挑戦的な幸に、男も余裕の笑みを崩さない。
「聞いてしまったからには生かしておけん、消えてもらうのさ……お前ら!」
 後ろの男三人が幸と明良に向って走り出した。幸は後ろに明良をかばいながら、にやりと笑みを返した。
「お約束だな…悪いがそんなにヤワじゃないぜ!」
 幸は言葉通り、向かってきた男に全く引けを取らなかった。前後左右から繰り出される打撃を鮮やかに受け流し、代わりに拳や膝を叩きこんでいく。
 二人の男が地に伏す頃、リーダー格の男はにやりと口を開いた。
「確かに、君の言う通りのようだ……だが」
 男がそう言うのと同時に、幸も気がついて後ろを振り返った。幸の横を通り抜けて、男が明良に掴みかかった。明良は必死に抵抗している。
「彼は、どうかな」
 楽しそうに男がそう呟いた瞬間、明良の体はどん、と男に突き飛ばされて、崖の向こうへ投げ出された。
「っ!」
 明良が目を見開いて、息を詰まらせる。悲鳴を上げる間もなく、明良の体は夜闇にまぎれて海へと落ちて行った。
「アキっ!!」
「クスクス、これで一人……」
 男が言うことなどまったく聞かずに、幸は明良を追って海に飛び込んだ。
 どぼん! と水の音がした。静かになった海で、男がため息交じりに呟いた。
「おやおや、後追いか…ま、楽になったからいいだろう。
 ほら、いつまで寝ころんでいる。行くぞ」
 男は地面に伏す二人の男を足で軽くどついて、悠々と桜井家の屋敷まで足を進めた。

<side-C 戻る side-E>

Copyrights © 2004-2019 Kazameigetsu. All Right Reserved.
E-mail:ventose_aru@hotmail.co.jp
inserted by FC2 system