■File:5 夏の海! 旅行中のトラブルを解消せよ!■ □side-F□
話は、およそ九年ほど前にさかのぼる。
小学校に上がったばかりの頃だ。まだ、世間の右も左も分からない頃。
その頃から、明良と結衣は友達だった。
家が近所で、小学校も一緒。明良の帰り道の途中に結衣の家があるため、よく明良は結衣の家に遊びに行っていた。
「ねぇ、アキちゃん」
ある日、いつものように結衣の家で遊んでいたら、結衣が不思議そうに明良に尋ねた。
「アキちゃんて、いっつも男の子みたいな格好してるよね。たまにはスカートとか着ないの?」
「うーん、スカート持ってないし…お父さんもお母さんも着ちゃダメって言うから…」
結衣はふーん、とうなづいたが、何を思いついたのかぱっと顔を輝かせた。
「そうだアキちゃん! 私のスカート着てみようよ!」
「え? でも、お父さんとお母さんに怒られちゃうよ…」
「大丈夫だよ、ちょっとだけ! ないしょにしとくから!」
そこまで言われて断る理由もなく、正直に言うと少しだけ興味もあった明良は、結衣に言われるまま空色のワンピースを着せてもらった。
初めて着るひざ丈のスカートに明良はドキドキした。結衣がきゃーっと歓声をあげる。
「アキちゃん、かわいい! すっごく似合うよー!」
空色のワンピースはシンプルで動きやすく、明良の短い黒髪もその活発な魅力をさらに引き出していた。結衣に褒められて、明良はますますドキドキして嬉しかった。
「ねぇ、せっかくだもん、近くの公園までちょっと遊びに行かない?」
「で、でも、お父さんとお母さんに見つかっちゃう……」
「大丈夫、ちょっとだけ! もし見つかっても私が謝るから、ね?」
結衣の期待するような目。褒められてふわふわしていた明良は、外に出て歩いてみたくなった。見つかるかもしれないスリルすら、楽しかった。
結衣にワンピースに合う靴を借りて、二人は外へと出た。
公園まで続く路地を、二人は笑いながら歩いていく。
その時だった。
キッと鋭い音を立てて、二人の横に車が止まった。びっくりして立ち止まる二人をよそに、すばやくドアが開いて、たまたま車道側にいた明良の腕がつかまれた。
「!?」
「アキちゃんっ!?」
無理やり車に引っ張り込まれる明良。結衣の叫び声。ドアが閉まって、車が急発進する音。
そこから先は、ショックと恐怖のせいか、あまりよく覚えていない。
明良が次に気がついたとき、すでに明良は見知らぬ部屋にいて、結衣が泣きじゃくりながらすがりついて謝るのがぼんやりと聞こえていたのだった。
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